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女の膝
おんなのひざ
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「文豪怪談傑作選・特別篇 百物語怪談会」 ちくま文庫、筑摩書房
2007(平成19)年7月10日
入力者門田裕志
校正者noriko saito
公開 / 更新2008-10-11 / 2014-09-21
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 私の実見は、唯のこれが一度だが、実際にいやだった、それは曾て、麹町三番町に住んでいた時なので、其家の間取というのは、頗る稀れな、一寸字に書いてみようなら、恰も呂の字の形とでも言おうか、その中央の棒が廊下ともつかず座敷ともつかぬ、細長い部屋になっていて、妙に悪るく陰気で暗い処だった。そして一方の間が、母屋で、また一方が離座敷になっていて、それが私の書斎兼寝室であったのだ。或夜のこと、それは冬だったが、当時私の習慣で、仮令見ても見ないでも、必ず枕許に五六冊の本を置かなければ寝られないので、その晩も例の如くして、最早大分夜も更けたから洋燈を点けた儘、読みさしの本を傍に置いて何か考えていると、思わずつい、うとうととする拍子に夢とも、現ともなく、鬼気人に迫るものがあって、カンカン明るく点けておいた筈の洋燈の灯が、ジュウジュウと音を立てて暗くなって来た、私はその音に不図何心なく眼が覚めて、一寸寝返りをして横を見ると、呀と吃驚した、自分の直ぐ枕許に、痩躯な膝を台洋燈の傍に出して、黙って座ってる女が居る、鼠地の縞物のお召縮緬の着物の色合摸様まで歴々と見えるのだ、がしかし今時分、こんなところへ女の来る道理がないから、不思議に思ってよく見ようとするが、奇妙に、その紫色の帯の処までは、辛うじて見えるが、それから上は、見ようとして、幾ら身を悶掻いても見る事が出来ない、しかもこの時は、非常に息苦しくて、眼は開いているが、如何しても口が利けないし、声も出ないのだ、ただ女の膝、鼠地の縞物で、お召縮緬の着物と紫色の帯と、これだけが見えるばかり、そして恰も上から何か重い物に、圧え付けられるような具合に、何ともいえぬ苦しみだ、私は強いて心を落着けて、耳を澄して考えてみると、時は既に真夜半のことであるから、四隣はシーンとしているので、益々物凄い、私は最早苦しさと、恐ろしさとに堪えかねて、跳起きようとしたが、躯一躰が嘛痺れたようになって、起きる力も出ない、丁度十五分ばかりの間というものは、この苦しい切無い思をつづけて、やがて吻という息を吐いてみると、蘇生った様に躯が楽になって、女も何時しか、もう其処には居なかった、洋燈も矢張もとの如く点いていて、本が枕許にあるばかりだ。私はその時に不図気付いて、この積んであった本が或は自分の眼に、女の姿と見えたのではないかと多少解決がついたので、格別にそれを気にも留めず、翌晩は寝る時に、本は一切片附けて枕許には何も置かずに床に入った、ところが、やがて昨晩と、殆んど同じくらいな刻限になると、今度は突然胸元が重苦しく圧されるようになったので、不図また眼を開けて見ると、再度吃驚したというのは、仰向きに寝ていた私の胸先に、着物も帯も昨夜見たと変らない女が、ムッと馬乗に跨がっているのだ、私はその時にも、矢張その女を払い除ける勇気が出ないので、苦しみながらに眼を無理に[#挿…

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