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新訂雲母阪
しんていきららざか
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「昭和のエンタテインメント50篇(上)」 文春文庫、文藝春秋
1989(平成元)年6月10日
初出「文藝春秋」文藝春秋、1926(大正15)年10月
入力者大野晋
校正者山本弘子
公開 / 更新2010-05-06 / 2014-09-21
長さの目安約 13 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



「本当にそうか。」
 と、聞かれると、そうで無いとは云え無い。く、とは確に聞いたのだから、これは断言できる。然し次の、る、はそう云ったような、云わないような、何うも明かで無いが、自分が唯一の証人で大勢の中で、美しい寡婦の悄然としている前で
「くる、と確に聞いた。」
 と、云った言葉を
「本当か。」
 と、念を押されると、今更、いや一寸まってくれ、もう一度、耳に聞いてみるからとも云え無い。それに死人に口無し
「くる、と確に聞いた。」
 と、断言したって、それは一寸良心が二三分間疑を挟んでみるだけで、お俊始め、列座の面々はきっと自分の手柄に感謝するにちがい無い。だから
「本当ですとも。」
 と、云い切ってしまった。
「来馬では無かろうか。」
 と、一人が一人にこっそり耳打した。そしてその一人は頷いた。
「君が、何んと声をかけた時に、くる、と云ったのだ。」
 と、もし聞く人があったなら、来馬への懸疑はいくらか薄くなったかも知れぬが
「対手は? 手懸りは?」
 とばかりしか考えていない若侍共に、そうした探偵法は気がつかなかった。そして、耳打から、小声になり、一番思慮の無い男が
「来馬で無いか。」
 と云うに到って事いささか重大となってきた。
「来馬に限って。」
 と、云う人もあったが
「一応は聞いてみてもよかろう。」
 と云う説も甚だ尤もであって反対の余地はなかった。
「お俊とは昔恋仲だったと云う噂も――いや事実もあるからな。」
 と、多くの人は、自分の説に根拠を置いた。そして、三人の選ばれた人、お俊の弟と、親族の一人と、来馬の相弟子とが、来馬の家へ向った。



 もし、その夜、来馬が町へ出て酒を飲んでいなかったなら
「くる、のくるは苦しいのくるで、来馬のくるでない。」
 で、突張れたし、家を出ないと証人に下僕も言ったであろうが、甚七は余り人に聞かしたくない家で遊んでいたから、三人が四角張って
「何処へ、今頃――」
 と云った時、むっ、ともしたし、冷っともしたし――それに第一、三人の態度が気に入らなかったから
「何処へ?」
 と、云ったまゝ、じろりと目をくれて
「水を持って来い。」
 と云った。
「少し、お尋ねしたい事があって――」
 と、一人は、丁寧に云ったが、来馬の態度に、腹の中は不快である。
「はゝあ、改まって――この深夜に。」
「何処へ、今まで行っていたか、明瞭と仰しゃって頂きたい。」
「何故――妙な事を。」
「実は――」
 と、弟の云ったのを一人は目で抑えた。
「お包みなく云って頂きたい。」
「城下へ――」
「城下の何ちらへ。」
「一体、何を聞きに来られたのだ。君達から行方を聞かれるような――丸で罪人を問うような――」
 来馬は酒を飲んでいた。だから、そう云っている内に
「無礼な。」
 と、頭の中にうろ/\していた言葉が、つい口を出てしまった。

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