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江戸の玩具
えどのがんぐ
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「梵雲庵雑話」 岩波文庫、岩波書店
1999(平成11)年8月18日
初出「鳩笛 第三号」1925(大正14)年5月
入力者小林繁雄
校正者門田裕志
公開 / 更新2003-02-14 / 2014-09-17
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

浅草の飛んだり跳たり
 右は年代を寛政といふ人と文政頃といふ人とあり、原品は東海道亀山お化とて張子にて飛んだりと同様の製作にて、江戸黒船町辺にて鬻ぎをりしを後、助六に作り雷門前地内にて往来に蓆を敷きほんの手すさびに「これは雷門の定見世花川戸の助六飛んだりはねたり」と団十郎の声色を真似て売りをりし由にて、傘の飛ぶのが面白く評判となり、江戸名物となりけるとの事。後は雷門より思ひ寄り太鼓を冠りし雷を造り、はては種々の物をこれに作り売りける由。安政に雷門の焼け失せしまでは売りをり、後久しく中絶の処、十余年前よりまたまた地内にて売るを見る。されどよほど彩色等丁寧になり、昔わが子供(六十年前)時代の浅草紙にて張れる疎雑なる色彩のものとは雲泥の相違にて上等となつた。狂言にたずさはりし故人某の説に、五代目か七代目(六代目は早世)かの団十郎が助六の当り狂言より、この助六を思ひ浮べ、売り出せりとも聞きしが、その人もなく、吾が筆記も焼け、確定しがたき説となつた。

亀戸の首振人形 一名つるし
 初めは生た亀ノ子と麩など売りしが、いつか張子の亀を製し、首、手足を動かす物を棒につけ売りし由。総じて人出群集する所には皆玩具類を売る見世ありて、何か思付きし物をうりしにや。この張子製首振る種類は古くからありて、「秋風や張子の虎の動き様」など宝暦頃の俳書にもあり、また唐辛奴、でんがく焼姉様、力持、松茸背負女、紙吹石さげたる裸体男など滑稽な形せしもの数ありて、この類は皆一人の思付きより仕出せしを、さかり場あるいは神社仏閣数多くある処にて売り、皆同一のつくり様にてその出来しもとは本所か浅草か今知る由もなし。今は王子権現の辺、西新井の大師、川崎大師、雑司ヶ谷等にもあり、亀戸天満宮門前に二軒ほど製作せし家ありしが、震災後これもありやなしや不知。予少年の頃は東両国、回向院前にてもこのつるし多く売りをりしが、その頃のものと形はさのみ変りなけれど、彩色は段々悪くなり、面白味うせたり。前いへる場所などに鬻ぐは江戸市中に遠ざかりし所ゆゑ残れる也。
 亀戸天神様宮前の町にて今も鬻ぐ。

今戸の土人形
 御承知の通り、今戸は瓦、ほうろく、かはらけ、火消壺等種々土を以つて造る所ゆゑ自然子供への玩具も作り、浅草地内、或は東両国、回向院前等に卸売見世も数軒ありて、ほんの素焼に上薬をかけ、土鍋、しちりん、小さき食茶碗、小皿等を作り、人形は彩色あれど多くは他の玩具屋の手にて彩色し、その土地にては素焼のまゝ数を多く焼き出さんがためにてある由。俵の船積が狂詠に「色とりどり姿に人は迷ふらん同じ瓦の今戸人形」(明和年間)とも見ゆ。予記憶せる事あり、回向院門前にて鬻げる家にては皆声をかけ「しごくお持ちよいので御座い」とこの言葉を繰返へしいひ居りしが、予、日々遊びに行けるよりなじみとなり、大なる布袋の人形をほしいといへるに、連れし小者…

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