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佐々木高綱
ささきたかつな
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「修禅寺物語 正雪の二代目 他四篇」 岩波文庫、岩波書店
1952(昭和27)年11月25日
初出「新富座」1914(大正3)年10月初演
入力者川山隆
校正者noriko saito
公開 / 更新2010-07-05 / 2014-09-21
長さの目安約 24 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

  登場人物
佐々木四郎高綱
その娘薄衣
佐々木小太郎定重
馬飼子之介
その姉おみの
高野の僧智山
鹿島與一
甲賀六郎
侍女小萬
佐々木の家來など。
[#改ページ]

江州佐々木の庄、佐々木高綱の屋敷。建久元年十二月の午後、晴れたる日。中央より下のかたにかけて、大いなる厩あり。但し舞臺に面せる方はその裏手と知るべし。中央よりすこしく上のかたには梅の大樹ありて、花は白く咲きみだれたり。奧の方には木立のひまに屋敷の建物みゆ。

(佐々木四郎高綱、三十七八歳。梅の樹の下に立ちて馬の洗足するを見てゐる。家來鹿島與一、四十餘歳。甲賀六郎、二十五六歳。おなじく馬の左右に立ちて見る。馬かひ子之介、二十歳前後の律義なる若者。名馬生月を厩のうしろに牽き出して洗足さしてゐる。)
高綱  けふはよい日和になつたなう。比良のいたゞきに雪はみえても時候は俄に春めいて來たやうぢや。をちこちで小鳥が樂しさうに囀るわ。
與一  鎌倉どのが初めての御上洛に、かやうな日和つゞきと申すはまことにおめでたい儀でござりまするな。
六郎  お先觸れの同勢はもはや尾州の熱田まで到着したとか申すことでござりまする。
(高綱は聞かざるものゝ如く、馬のそばに進みてその平首を輕く叩きなどする。)
高綱  子之介、よう働くな。
子之介 はあ。(無言にて洗足さしてゐる。)
高綱  そちが陰ひなたなく働いて、あさゆふ心をつけて養うてくるゝほどに……。(家來を見かへる。)これ、見い。一時はすこしく衰へた馬も、このごろは再びすこやかに生ひ立つて、毛澤もひとしほ美しうなつたわ。
子之介 (惚々と馬をみる。)よい御馬でござりまするなう。
與一  よい筈ぢや。これは鎌倉どのが御祕藏の名馬で、世にもきこえたる生月ぢや。そちも定めて存じて居らう。かの宇治川の合戰に、梶原の磨墨に乘り勝つて、殿が先陣の功名させられたも、一つはこの生月の働きぢやぞ。
六郎  あの折のありさまは思ひ出しても勇ましい。名に負ふ宇治の大河には、雪解の水が滔々とみなぎり落ちて來る。川の向ひには木曾の人數およそ五百餘騎、楯をならべて待ち受けてゐたわ。
與一  まして河の底には亂杭を打つて、大綱小綱を張りわたし、馬の足をさゝへんと巧んである。なみ/\の者ではよも渡すまじと見てあるところへ、殿は生月、梶原は磨墨、黒馬二匹が轡をならべて、平等院の坤、たちばなの小島が崎よりざんぶ/\と乘り入つた。
高綱  (遮る。)えゝ、珍らしうもない。おけ、おけ。(馬にむかひて。)なう、生月。かの宇治川を初めとして、つゞいて一の谷、八島、壇の浦、高綱と生死を共にして、そちも隨分働いたなう。が、それも今はむかしの夢で、そちも高綱も再び功名をあぐる時節はあるまい。あたら名馬も飼殺しぢや。(嘆息しつゝ子之介にむかひ。)けふは二日、そちが亡父の命日ぢやぞ。もうよいほどにして身を清め、佛前に囘…

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