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東京景物詩及其他
とうきょうけいぶつしそのた
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「白秋全集 3」 岩波書店
1985(昭和60)年5月7日
入力者飛鷹美緒
校正者小林繁雄
公開 / 更新2009-05-17 / 2014-09-21
長さの目安約 69 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

わかき日の饗宴を忍びてこの怪しき紺と青との
詩集を[#ここから横組み]“PAN”[#ここで横組み終わり]とわが「屋上庭園」の友にささぐ
[#改丁]

東京夜曲
[#改ページ]

  公園の薄暮

ほの青き銀色の空気に、
そことなく噴水の水はしたたり、
薄明ややしばしさまかえぬほど、
ふくらなる羽毛頸巻のいろなやましく女ゆきかふ。

つつましき枯草の湿るにほひよ……
円形に、あるは楕円に、
劃られし園の配置の黄にほめき、靄に三つ四つ
色淡き紫の弧燈したしげに光うるほふ。

春はなほ見えねども、園のこころに
いと甘き沈丁の苦き莟の
刺すがごと沁みきたり、瓦斯の薄黄は
身を投げし霊のゆめのごと水のほとりに。

暮れかぬる電車のきしり……
凋れたる調和にぞ修道女の一人消えさり、
裁判はてし控訴院に留守居らの点す燈は
疲れたる硝子より弊私的里の瞳を放つ。

いづこにかすずろげる春の暗示よ……
陰影のそこここに、やや強く光劃りて
息ふかき弧燈枯くさの園に歎けば、
面黄なる病児幽かに照らされて迷ひわづらふ。

朧げのつつましき匂のそらに、
なほ妙にしだれつつ噴水の吐息したたり、
新しき月光の沈丁に沁みも冷ゆれば
官能の薄らあかり銀笛の夜とぞなりぬる。
四十二年二月

  鶯の歌

なやましき鶯のうたのしらべよ……
ゆく春の水の上、靄の廂合、
凋れたる官能の、あるは、青みに、
夜をこめて霊の音をのみぞ啼く。

鶯はなほも啼く……瓦斯の神経
酸のごと饐えて顫ふ薄き硝子に、
失ひし恋の通夜、さりや、少女の
青ざめて熟視めつつ闌くる瞳に。

憂欝症の霊の病めるしらべよ……
コルタアの香の屋根に、船のあかりに、
朽ちはてしおはぐろの毒の面に
愁ひつつ、にほひつつ、そこはかとなく。

[#挿絵]オロンの三の絃摩るこころか、
ていほろと梭の音たつるゆめにか、
寝ねもあへぬ鶯のうたのそそりの
かつ遠み、かつ近み、静こころなし。

夜もすがら夜もすがら歌ふ鶯……
月白き芝居裏、河岸の病院、
なべて夜の疲れゆくゆめとあはせて、
ウヰスラアーの靄の中音に鳴き鳴きてそこはかとなし。
四十二年一月

  夜の官能

湿潤ふかき藍色の夜の暗さ……
酸のごとき星あかりさだかにはそれとわかねど
濃く淡き溝渠の陰影に、
青白き胞衣会社ほのかににほひ、
[#挿絵]多く、而もみな閉したる真四角の煙艸工場の
煙突の黒みより灰ばめる煤と湯気なびきちらぼふ。

橋のもと、暗き沈黙に
舟はゆく……
なごやかにうち青む砥石の面を
いと重き剃刀の音もなく辷るごとくに、
舟はゆく……ゆけど声なく
ありとしも見えわかぬ棹取の杞憂深げに、
ただ黄なる燈火ぞのぼりゆく……孤児の頼りなき眼か。

つつましき尿の香の滲み入るほとり、
腐れたる酒類の澱み濁りて
そこここの下水よりなやみしみたり、
白粉と湯垢とのほめく闇にも
青き芽の春…

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