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西瓜
すいか
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「荷風随筆集(下)」 岩波文庫、岩波書店
1986(昭和61)年11月17日
入力者門田裕志
校正者阿部哲也
公開 / 更新2010-07-06 / 2014-09-21
長さの目安約 19 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

持てあます西瓜ひとつやひとり者
 これはわたくしの駄句である。郊外に隠棲している友人が或年の夏小包郵便に托して大きな西瓜を一個饋ってくれたことがあった。その仕末にこまって、わたくしはこれを眺めながら覚えず口ずさんだのである。
 わたくしは子供のころ、西瓜や真桑瓜のたぐいを食うことを堅く禁じられていたので、大方そのせいでもあるか、成人の後に至っても瓜の匂を好まないため、漬物にしても白瓜はたべるが、胡瓜は口にしない。西瓜は奈良漬にした鶏卵くらいの大きさのものを味うばかりである。奈良漬にすると瓜特有の青くさい匂がなくなるからである。
 明治十二、三年のころ、虎列拉病が両三度にわたって東京の町のすみずみまで蔓衍したことがあった。路頭に斃れ死するものの少くなかった話を聞いた事がある。しかしわたくしが西瓜や真桑瓜を食うことを禁じられていたのは、恐るべき伝染病のためばかりではない。わたくしの家では瓜類の中で、かの二種を下賤な食物としてこれを禁じていたのである。魚類では鯖、青刀魚、鰯の如き青ざかな、菓子のたぐいでは殊に心太を嫌って子供には食べさせなかった。
 思返すと五十年むかしの話である。むかし目に見馴れた橢円形の黄いろい真桑瓜は、今日ではいずこの水菓子屋にも殆ど見られないものとなった。黄いろい皮の面に薄緑の筋が六、七本ついているその形は、浮世絵師の描いた狂歌の摺物にその痕を留めるばかり。西瓜もそのころには暗碧の皮の黒びかりしたまん円なもののみで、西洋種の細長いものはあまり見かけなかった。
 これは余談である。わたくしは折角西瓜を人から饋られて、何故こまったかを語るべきはずであったのだ。わたくしが口にすることを好まなければ、下女に与えてもよいはずである。然るにわたくしの家には、折々下女さえいない時がある。下女がいなければ、隣家へ饋ればよいという人があるかも知れぬが、下女さえさびしさに堪兼ねて逃去るような家では、近隣とは交際がない。啻にそれのみではない。わたくしは人の趣味と嗜性との如何を問わず濫に物を饋ることを心なきわざだと考えている。

        ○

 わたくしはこれまでたびたび、どういうわけで妻帯をしないのかと問われた。わたくしは生涯独身でくらそうと決心したのでもなく、そうかといって、人を煩してまで配偶者を探す気にもならなかった。来るものがあったら拒むまいと思いながら年を送る中、いつか四十を過ぎ、五十の坂を越して忽ち六十も目睫の間に迫ってくるようになった。世には六十を越してから合[#挿絵]の式を挙げる人もままあると聞いているから、わたくしの将来については、わたくし自身にも明言することはできない。
 しずかに過去を顧るに、わたくしは独身の生活を悲しんでいなかった。それと共に男女同棲の生活をも決して嫌っていたのではない。今日になってこれを憶えば、そのいずれにも懐しい…

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