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向嶋
むこうじま
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「荷風随筆集(上)」 岩波文庫、岩波書店
1986(昭和61)年9月16日
入力者門田裕志
校正者阿部哲也
公開 / 更新2010-07-06 / 2014-09-21
長さの目安約 19 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 向島は久しい以前から既に雅遊の地ではない。しかしわたくしは大正壬戌の年の夏森先生を喪ってから、毎年の忌辰にその墓を拝すべく弘福寺の墳苑に赴くので、一年に一回向島の堤を過らぬことはない。そのたびたびわたくしは河を隔てて浅草寺の塔尖を望み上流の空遥に筑波の山影を眺める時、今なお詩興のおのずから胸中に満ち来るを禁じ得ない。そして恨然として江戸徃昔の文化を追慕し、また併せてわが青春の当時を回想するのである。
 震災の後わたくしは多く家にのみ引籠っているので、市中繁華の街の景況については、そのいわゆる復興の如何を見ることが稀である。それに反して向島災後の状況に関しては、少くとも一年一回来り見るところから、ややこれについて語ることが出来るような気がしている。吾妻橋を渡ると久しく麦酒製造会社の庭園になっていた旧佐竹氏の浩養園がある。しかしこの名園は災禍の未だ起らざる以前既に荒廃して殆その跡を留めていなかった。枕橋のほとりなる水戸家の林泉は焦土と化した後、一時土砂石材の置場になっていたが、今や日ならずして洋式の新公園となるべき形勢を示している。吾人は日比谷青山辺に見るが如き鉄鎖とセメントの新公園をここにもまた見るに至るのであろう。三囲の堤に架せられべき鉄橋の工事も去年あたりから、大に進捗したようである。世の噂をきくに、隅田川の沿岸は向島のみならず浅草花川戸の岸もやがて公園になされるとかいう事である。思うに紐育市ハドソン河畔の公園に似て非なるが如きものが、ここに経営せられるのではなかろうか。とにかく隅田川両岸の光景は遠からずして全く一変し、徃昔の風致は遂に前代の絵画文学について見るの外全く想像しがたきものとなってしまうのである。
 隅田川に関する既徃の文献は幸にして甚豊富である。しかし疎懶なるわたくしは今日の所いまだその蒐集に着手したわけではない。折々の散歩から家に帰った後唯机辺に散乱している二、三の雑著を見て足れりとしている。これら座右の乱帙中に風俗画報社の明治三十一年に刊行した『新撰東京名所図会』なるものがあるが、この書はその考証の洽博にして記事もまた忠実なること、能く古今にわたって向島の状況を知らしむるものである。明治三十一年の頃には向島の地はなお全く幽雅の趣を失わず、依然として都人観花の勝地となされていた。それより三年の後(明治三十四年)平出鏗二郎氏が『東京風俗志』三巻を著した時にも著者は向嶋桜花の状を叙して下の如く言っている。「桜は向嶋最も盛なり。中略三囲の鳥居前より牛ノ御前長命寺の辺までいと盛りに白鬚梅若の辺まで咲きに咲きたり。側は漂渺たる隅田の川水青うして白帆に風を孕み波に眠れる都鳥の艪楫に夢を破られて飛び立つ羽音も物たるげなり。待乳山の森浅草寺の塔の影いづれか春の景色ならざる。実に帝都第一の眺めなり。懸茶屋には絹被の芋慈姑の串団子を陳ね栄螺の壼焼などをも鬻ぐ…

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