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渋民村より
しぶたみむらより
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「石川啄木全集第四巻 評論・感想」 筑摩書房
1980(昭和55)年3月10日
初出「岩手日報」1904(明治37)年4月28日~5月1日
入力者林幸雄
校正者noriko saito
公開 / 更新2010-06-04 / 2014-09-21
長さの目安約 11 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



 杜陵を北へ僅かに五里のこの里、人は一日の間に往復致し候へど、春の歩みは年々一週が程を要し候。御地は早や南の枝に大和心綻ろび初め候ふの由、満城桜雲の日も近かるべくと羨やみ上げ候。こゝは梅桜の蕾未だ我瞳よりも小さく候へど、さすがに春風の小車道を忘れず廻り来て、春告鳥、雲雀などの讃歌、野に山に流れ、微風にうるほふ小菫の紫も路の辺に萌え出で候。今宵は芝蘭の鉢の香りゆかしき窓、茶煙一室を罩め、沸る湯の音暢やかに、門田の蛙さへ歌声を添へて、日頃無興にけをされたる胸も物となく安らぎ候まゝ、思ひ寄りたる二つ三つ、※々[#「虫+慈」、39-上-12]たる燈火の影に覚束なき筆の歩みに認め上げ候。
 近事戦局の事、一言にして之を云へば、吾等国民の大慶この上の事や候ふべき。臥薪十年の後、甚だ高価なる同胞の資財と生血とを投じて贏ち得たる光栄の戦信に接しては、誰か満腔の誠意を以て歓呼の声を揚げざらむ。吾人如何に寂寥の児たりと雖ども、亦野翁酒樽の歌に和して、愛国の赤子たるに躊躇する者に無御座候。
 戦勝の光栄は今や燎然たる事実として同胞の眼前に巨虹の如く横はれり。此際に於て、因循姑息の術中に民衆を愚弄したる過去の罪過を以て当局に責むるが如きは、吾人の遂に忍びざる所、たゞ如何にして勝ちたる後の甲の緒を締めむとするかの覚悟に至りては、心ある者宜しく挺身肉迫して叱咤督励する所なかるべからず候。近者北米オークランド湖畔の一友遙かに書を寄せて曰く、飛電頻々として戦勝を伝ふるや、日本人の肩幅日益日益広きを覚え候ふと。鳴呼人よ、東海君子国の世界に誇負する所以の者は、一に鮮血を怒涛に洗ひ、死屍を戦雲原頭に曝して、汚塵濛々の中に功を奏する戦術の巧妙によるか。充実なき誇負は由来文化の公敵、真人の蛇蝎視する所に候。好んで洒盃に走り、祭典に狂する我邦人は或は歴史的因襲として、アルコール的お祭的の国民性格を作り出だしたるに候らはざるか。斯の千載一遇の好機会に当り、同胞にして若し悠久の光栄を計らず、徒らに一時の旗鼓の勝利と浮薄なる外人の称讃に幻惑するが如き挙に出でしめば、吾人は乃ち伯叔と共に余生を山谷の蕨草に托し候はむかな。早熱早冷の大に誡しむべきは寧ろ戦呼に勇む今の時に非ずして、却りて戦後国民の覚悟の上にあるべくと存候。万邦環視の中に一大急飛躍を演じたる吾国は、向後如何なる態度を以てか彼等の注目を迎へむとする。洋涛万里を破るの大艦と雖ども、停滞動く事なくむば汚銹腐蝕を免かれ難く、進路一度梶を誤らば遂に岩角の水泡に帰せむのみ。況んや形色徒らに大にして設備完たからざる吾現時の状態に於てをや。



 惟ふに、少しく夫に通暁する者は、文化の源泉が政治的地盤に湧出する者に非ざるの事実と共に、良好なる政治的動力の文化の進程に及ぼす助長的効果の事実をも承認せざる能はず候。而して斯の如き良好なる政治的動力とは、常に能…

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