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弓町より
ゆみまちより
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「石川啄木全集 第四巻 評論・感想」 筑摩書房
1980(昭和55)年3月10日
初出「東京毎日新聞」1909(明治42)年11月30日、12月2日~7日
入力者林幸雄
校正者noriko saito
公開 / 更新2011-02-06 / 2014-09-21
長さの目安約 17 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

食ふべき詩(一)

 詩といふものに就いて、私は随分、長い間迷うて来た。
 啻に詩に就いて許りではない。私の今日迄歩いて来た路は、恰度手に持つてゐる蝋燭の蝋の見る/\減つて行くやうに、生活といふものゝ威力の為に自分の「青春」の日一日に滅されて来た路筋である。其時々々の自分を弁護する為に色々の理窟を考へ出して見ても、それが、何時でも翌る日の自分を満足させなかつた。蝋は減り尽した。火が消えた。幾十日の間、黒闇の中に体を投出してゐたやうな状態が過ぎた。やがて其暗の中に、自分の眼の暗さに慣れて来るのをじつとして待つてゐるやうな状態も過ぎた。
 さうして今、全く異なつた心持から、自分の経て来た道筋を考へると、其処に色々言ひたい事があるやうに思はれる。
     〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 以前、私も詩を作つてゐた事がある。十七八の頃から二三年の間である。其頃私には、詩の外に何物も無かつた。朝から晩まで何とも知れぬ物にあこがれてゐる心持は、唯詩を作るといふ事によつて幾分発表の路を得てゐた。さうして其心持の外に私は何も有つてゐなかつた。――其頃の詩といふものは、誰も知るやうに、空想と幼稚な音楽と、それから微弱な宗教的要素(乃至はそれに類した要素)の外には、因襲的な感情のある許りであつた。自分で其頃の詩作上の態度を振返つて見て、一つ言ひたい事がある。それは、実感を詩に歌ふまでには、随分煩瑣な手続を要したといふ事である。譬へば、一寸した空地に高さ一丈位の木が立つてゐて、それに日があたつてゐるのを見て或る感じを得たとすれば、空地を広野にし、木を大木にし、日を朝日か夕日にし、のみならず、それを見た自分自身を、詩人にし、旅人にし、若き愁ひある人にした上でなければ、其感じが当時の詩の調子に合はず、又自分でも満足することが出来なかつた。
     〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 二三年経つた。私がその手続に段々慣れて来た時は、同時に私がそんな手続を煩はしく思ふやうになつた時であつた。さうして其頃の所謂「興の湧いた時」には書けなくつて、却つて自分で自分を軽蔑するやうな心持の時か、雑誌の締切といふ実際上の事情に迫られた時でなければ、詩が作れぬといふやうな奇妙な事になつて了つた。月末になるとよく詩が出来た。それは、月末になると自分を軽蔑せねばならぬやうな事情が私にあつたからである。
 さうして「詩人」とか「天才」とか、其頃の青年をわけも無く酔はしめた揮発性の言葉が、何時の間にか私を酔はしめなくなつた。恋の醒際のやうな空虚の感が、自分で自分を考へる時は勿論、詩作上の先輩に逢ひ、若くは其人達の作を読む時にも、始終私を離れなかつた。それが其時の私の悲しみであつた。さうして其時は、私が詩作上に慣用した空想化の手続が、私のあらゆる事に対する態度を侵してゐた時であつた。空想化する事なしには何事も…

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