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旧聞日本橋
きゅうぶんにほんばし
副題18 神田附木店
18 かんだつけぎだな
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「旧聞日本橋」 岩波文庫、岩波書店
1983(昭和58)年8月16日
入力者門田裕志
校正者松永正敏
公開 / 更新2003-08-04 / 2014-09-17
長さの目安約 15 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 八月の暑い午後、九歳のあんぽんたんは古帳面屋のおきんちゃんに連れられて、附木店のおきんちゃんの叔母さんの家へいった。
 附木店は浅草見附内の郡代――日本橋区馬喰町の裏と神田の柳原河原のこっちうらにあたっている。以前は、日本橋区の松島町とおなじ層の住民地で、多く願人坊主がいたのだそうだ。附木を造って売ったから附木店の名がある。だが、あたしが連れてかれた時分はそんな場処ではなかった。表通りは何処か閑散として、古鉄屋や、かもじ屋や、鍛冶屋位が目に立ったが、横町は小奇麗だった。
 おきんちゃんは、一間の格子と一間の出窓をもった家の前で止まった。窓には簾があって、前に細っこい植木が二、三本植わっていた。万年青の芽分けが幾鉢も窓にならべてあって、鉢には鰻の串をさし、赤い絹糸で万年青が行儀わるく育たないように輪を廻らしてあった。格子をあけると中の間の葭屏風のかげから、
「きんぼうかい?」
と声をかけた女がある。昼寝をしていたのだろう屏風の横からこっちをちょいとみて、きんぼうが一人でないので起上った。
 あたしはその人を立派な女だなあと思って見とれていた。奇麗な女は幾人も見たが、なんだか大々してみえたのだ。色の浅黒い大きな顔で、鼻がすっと高くってしおのある眼だった。剃った眉毛がまっ青だった。大きな赤い口で、歯は茄子色につやつやしていた。洗い髪がふっとふくれて、浴衣に博多の細帯をくいちがうように斜にまいていた。
 その女が、団扇をもつ手で、葭屏風をかたよらせながら言った。
「そのお子さんかい、きんぼう。」
 十歳で、小柄で、ませている、清元の巧者な、町の小娘お金坊は、蝶々髷にさした花簪で頭を掻きながら、ええといった。あんぽんたんのことは話しずみの友達だったのだろう。
「やっちゃん、てったのねえ。」
 その女は綺麗な、ちりめんの小枕に絹糸の房の垂れている、きじ塗りの船底枕をわきによせながら、花莚の上へ座ったままでいった。そばには大きな猫がいた。
 あたしは猫が大きらいだ。おまけに化けそうな大猫で、ふとい尻っぽの長いのだから、なおいやだった。それにもかかわらず、初対面のこの女の魅力と、ここの、せまい家の、八幡の藪しらずのような面白さに、おきんちゃんについて毎日通うようになってしまった。
 おしょさん、とおきんちゃんは叔母さんのことを呼ぶ。その時分、好事家の間から、漸く一般的に流行しかけて来た、東流二絃琴のお師匠さんだったからだ。
 ここで、すこしばかり知ったかぶりをいうと――これは九歳のあんぽんたんではなく、その後十年もの間にぼんやりと知ったものだが――東流二絃琴は明治十七年ごろ世に流行しはじめた。家元の藤舎芦船といった加藤某は、世をすねて、風流文雅に反れた士である。高弟藤舎芦雪、またなみなみの材ではなかった。この後継者が早折しなかったら、東流二絃琴はもっとひろまったであろうと…

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