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垂水
たるみ
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「雪の宿り 神西清小説セレクション」 港の人
2008(平成20)年10月5日
初出「セルパン」1933(昭和8)年3月号
入力者kompass
校正者小林繁雄、門田裕志
公開 / 更新2012-02-13 / 2014-09-16
長さの目安約 19 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 二十年ほども昔のこと、垂水の山寄りの、一めんの松林に蔽はれた谷あひを占める五泉家の別荘が、幾年このかた絶えて見せなかつた静かなさざめきを立ててゐた。その夏浅いころ、別荘の古びた冠木門を、定紋つきの自動車に運ばれて来た二人の人物が、くぐつて姿を消したのである。その日ののち、通りかかる里の人々の目は、崩れかけた築地のひまから、松林の奥に久方ぶりの燭火の幽かにまたたくのを見た。
 丁度その年の秋の末に、五泉家のごく身近かには、一つの婚姻が予ての約束どほり果されようとしてゐた。では、立ち返つたさざめきは、直接それに因るものであつたらうか。いや、決して。婚姻がこの別荘に与へようとしてゐた影響は、余所目にうつるそれほどに単純なものではなかつた。仰々しい心根の人なら、たやすく苦痛の呻きをあげたに相違ない不図した過失からの責苦が、其処の住み手を捉へてゐたのであつた。ただ、糸のもつれは、慎みを無邪気な第二の天性にまで押しすすめてゐる此の別荘の人々の心の奥に宿つたため、そのままに破れ築地の内側に埋もれてしまひ、今も昔も変りない世の人心を喜ばせるための、公然とした取沙汰にならなかつたまでである。これには勿論、もう一つの理由として、二十年を溯つた頃のまだまだ物静かな時代の相も、一応は考へに入れる必要があらうけれども。……
 五泉男爵夫人李子は、厚母伯爵家の出であつた。彼女は十八歳で輿入れしてこのかた九年のあひだ、まだ一人の子もなかつた。それは一に彼女の病弱に帰せられてゐた。のみならず、彼女がその故に暗々の裡に五泉家の京都の本宅を遠ざけられる事になつた一種の乱倫も、たとひそれが形影相伴はぬもので、実際は寧ろ男爵自身の乱行の反映と見た方が正しかつたにせよ、やはり幾分は彼女の病弱のせゐにしていいやうに考へられる。事実、病弱こそは、静養に名を借りたこの追放のための公けの理由ではなかつたのか。……まだ、あらゆる事物の平俗化が充分でなかつた一時代前の貴族社会には、病弱を唯一の理由として、恐らく永遠性をさへ帯びた別居へと、その嫁を追ひやつた五泉家の後室のやうな毅然たる無慈悲さは、よく見受けられたものである。つまりは、世に堪へる気魄である。
 かうして、久しい間見棄てられてゐた五泉家の垂水の別荘は、朽ち傾いた昔ながらの冠木門を開いて、この年若い男爵夫人を迎へ入れることになつたが、移り住んだのは彼女一人ではなく、曾根至と呼ばれる青年が同じ自動車の踏段を踏んで姿を現した。至は五泉家にとつて遠い姻戚に当る、今は死に絶えた或る一族の遺子であつた。彼は幼い頃から五泉家に引取られて成長したのであつたし、また彼が、厚母伯爵家の当主である喬彦の妹麻子と殆ど生れ落ちるとからの許嫁の間柄であり、この厚母兄弟が当時須磨寺の里に住んでゐたことが併せて、彼の同行を極めて自然なものにしたのであつた。そのうへ、十九歳の夏を迎…

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