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水郷柳河
すいごうやながわ
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「現代日本紀行文学全集 南日本編」 ほるぷ出版
1976(昭和51)年8月1日
入力者林幸雄
校正者浅原庸子
公開 / 更新2004-07-17 / 2014-09-18
長さの目安約 16 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 私の郷里柳河は水郷である。さうして静かな廃市の一つである。自然の風物は如何にも南国的であるが、既に柳河の街を貫通する数知れぬ溝渠のにほひには日に日に廃れてゆく旧い封建時代の白壁が今なほ懐かしい影を映す。肥後路より、或は久留米路より、或は佐賀より筑後川の流を越えて、わが街に入り来る旅びとはその周囲の大平野に分岐して、遠く近く瓏銀の光を放つてゐる幾多の人工的河水を眼にするであらう。さうして歩むにつれて、その水面の随所に、菱の葉、蓮、真菰、河骨、或は赤褐黄緑その他様々の浮藻の強烈な更紗模様のなかに微かに淡紫のウオタアヒヤシンスの花を見出すであらう。水は清らかに流れて廃市に入り、廃れはてた Noskai 屋(遊女屋)の人もなき厨の下を流れ、洗濯女の白い洒布に注ぎ、水門に堰かれては、三味線の音の緩む昼すぎを小料理屋の黒いダアリヤの花に歎き、酒造る水となり、汲水場に立つ湯上りの素肌しなやかな肺病娘の唇を嗽ぎ、気の弱い鶩の[#「鶩の」は底本では「鶯の」]毛に擾され、そうして夜は観音講のなつかしい提灯の灯をちらつかせながら、樋を隔てて海近き沖ノ端の鹹川に落ちてゆく。静かな幾多の溝渠はかうして昔のまま白壁に寂しく光り、たまたま芝居見の水路となり、蛇を奔らせ、変化多き少年の秘密を育む。水郷柳河はさながら水に浮いた灰色の柩である。

 折々の季節につれて四辺の風物も改まる。短い冬の間にも見る影もなく汚れ果てた田や畑に、苅株のみが鋤きかへされたまま色もなく乾き尽くし、羽に白い斑紋を持つた怪しげな高麗烏(この地方特殊の鳥)のみが廃れた寺院の屋根に鳴き叫ぶ、さうして青い股引をつけた櫨の実採りの男が静かに暮れてゆく卵いろの梢を眺めては無言に手を動かしてゐる外には、展望の曠い平野丈に何らの見るべき変化もなく、凡てが陰鬱な光に被はれる。柳河の街の子供はかういう時幽かなシユブタ(方言鮠の[#「鮠の」は底本では「鮑の」]一種)の腹の閃きにも話にきく生胆取の青い眼つきを思ひ出し、海辺の黒猫はほゝけ果てた白い穂の限りもなく戦いでゐる枯葦原の中に、ぢつと蹲つたまゝ、過ぎゆく冬の囁きに昼もなほ耳かたむけて死ぬるであらう。

 いづれにもまして春の季節の長いといふ事はまた此地方を限りなく悲しいものに思はせる。麦がのび、見わたす限りの平野に黄ろい菜の花の毛氈が柔かな軟風に薫り初めるころ、まだ見ぬ幸を求むるためにうらわかい町の娘の一群は笈に身を※[#「宀/婁」、169-下-3]し、哀れな巡礼の姿となつて、初めて西国三十三番の札所を旅して歩く。(巡礼に出る習慣は別に宗教上の深い信仰からでもなく、単にお嫁入りの資格としてどんな良家の娘にも必要であつた。)その留守の間にも水車は長閑かに廻り、町端れの飾屋の爺は大きな鼈甲縁の眼鏡をかけて、怪しい金象眼の愁にチンカチと[#「チンカチと」は底本では「チンタンと」]鎚を鳴…

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