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藤村の個性
とうそんのこせい
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「和辻哲郎随筆集」 岩波文庫、岩波書店
1995(平成7)年9月18日
初出「新潮」1951(昭和26)年3月号
入力者門田裕志
校正者noriko saito
公開 / 更新2012-02-06 / 2014-09-16
長さの目安約 14 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 藤村は非常に個性の強い人で、自分の好みによる独自の世界というふうなものを、おのずから自分の周囲に作り上げていた。衣食住のすみずみまでもその独特な好みが行きわたっていたであろう。酒粕に漬けた茄子が好きだというので、冬のうちから、到来物の酒粕をめばりして、台所の片隅に貯えておき、茄子の出る夏を楽しみに待ち受ける、というような、こまかい神経のくばり方が、種々雑多な食物の上に及んでいたばかりでなく、着物や道具についてもそれぞれに細かい好みがあった。そうしてまたそういう好みを実に丹念に守り通していた。
 住居についてもそうであった。新片町や飯倉片町の家は、借家であって、藤村の好みによった建築ではないが、しかしああいう場所の借家を選ぶということのなかに、十分に藤村の好みが現われているのである。随筆集の一つを『市井にありて』と名づけている藤村の気持ちのうちには、その好みが動いているように思われる。市井にある庶民の一人としての住居にふさわしい、ささやかな、目だたない、質素な家に住むことを、藤村は欲したのであろう。しかしそういう住居のなかには、市井庶民の好みに合うような、さまざまな凝った道具が並んでいなくてはならなかったであろう。あるとき藤村は、置き物を一つか二つに限った清楚な座敷をながめて、こうきれいに片づいていると、寒々とした感じがしますね、と言ったことがある。
 その藤村が自分の家を建てたいと考え始めたのは、たぶん長男の楠雄さんのために郷里で家を買ったころからであろう。「そういう自分は未だに飯倉の借家住居で、四畳半の書斎でも事はたりると思いながら自分の子のために永住の家を建てようとすることは、我ながら矛盾した行為だ」という言葉のうちに、それが察せられる。が、その時に藤村が考えたのは、たぶん、ささやかな質素な家であったであろう。というのは、その家のために藤村が麻布のどこかに買い求めた土地は、六十坪だということであった。この計画は後に変更され、麹町の屋敷はたしか百坪ぐらいだったと思うが、しかしその後にも、大きい住宅に対する嫌悪の感情は続いていた。あるとき藤村は、相当の富豪の息子で、文筆の仕事に携わろうとしている人の住宅の噂をしたことがある。藤村はその住宅の大きく立派であることを話したあとで、あの程度の仕事をしていながら、あんな立派な家に住んでいて、よく恥ずかしくないものだと思いますね、と言った。それは藤村としては珍しくはっきりした言い方であった。私はそれを聞いて、藤村の質素な住宅に対する執着が、なかなか根深いものであることを感じたのである。
 藤村は着物でも食物でも独特な凝り方をしていて、その意味で相当ぜいたくであったと思う。飯倉片町の借家をただ外から見ただけの人には、その中でこういう凝った生活が営まれていることをちょっと想像しにくかったであろう。しかしその質素な住宅が、…

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