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チベット旅行記
チベットりょこうき
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「チベット旅行記(一)」 講談社学術文庫、講談社
1978(昭和53)年6月10日
「チベット旅行記(五)」 講談社学術文庫、講談社
1978(昭和53)年10月10日
入力者川山隆
校正者仙酔ゑびす
公開 / 更新2011-10-07 / 2014-09-16
長さの目安約 1068 ページ(500字/頁で計算)
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本文より




 チベットは厳重なる鎖国なり。世人呼んで世界の秘密国と言う。その果たして然るや否やは容易に断ずるを得ざるも、天然の嶮によりて世界と隔絶し、別に一乾坤をなして自ら仏陀の国土、観音の浄土と誇称せるごとき、見るべきの異彩あり。その風物習俗の奇異、耳目を聳動せしむるに足るものなきに非ず。童幼聞きて楽しむべく、学者学びて蘊蓄を深からしむべし。これそもそも世界の冒険家が幾多の蹉跌に屈せず、奮進する所以なるか。
 余のこの地に進入せしは勇敢なる冒険家諸士に倣うて、探検の功を全うし、広く世界の文明に資せんとの大志願ありしに非ず。仏教未伝の経典の、かの国に蔵せられおるを聞き、これを求むるの外、他意あらざりしかば、探検家としての資格においては、ほとんど欠如せるものあり。探検家として余を迎えられたる諸士に十分なる満足を供する能わざりしを、深く自ら憾みとす。
 されど、余にも耳目の明ありて専門の宗教上以外、社会学上に、経済学上に、あるいは人類に無上の教訓を与うる歴史の上において、その幼稚なる工芸中別に一真理を包摂する点において、地理上の新探検について、動植物の分布について等その見聞せるところも尠なからざりしかば、帰朝以来、これら白面の観察を収集して、梓に上さんと欲せしこと、一日に非ざりしも、南船北馬暖席に暇なく、かつ二雪霜の間に集積せるところは、尨然紛雑し容易に整頓すべからずして、自ら慚愧せざるを得ざるものあり。日ごろ旅行談の完成せるものを刊行して大方の志に酬いよと強うる友多し。余否むに辞なし。すなわちかつて時事新報と大阪毎日新聞とに掲載せしものを再集して梓に上せて、いささか友の好意に対え、他日をまちて自負の義務を果たさんと決しぬ。
 チベットは仏教国なり。チベットより仏教を除去せば、ただ荒廃せる国土と、蒙昧なる蛮人とあるのみ。仏教の社会に及ぼせる勢力の偉大なると、その古代における発達とは、吾人の敬虔に値いするものなきに非ず。この書この点において甚だしく欠けたり。これ余の完全なる旅行談を誌さんと欲して努力せし所以。しかれども事意と差い容易に志を果たす能わずあえて先の所談を一書として出版するに至る、自ら憾みなき能わず。即ち懐を述べて序文に代う。

明治三十七年三月上澣
河口慧海誌す
[#改丁]

第一回 入蔵決心の次第


チベット探検の動機 私がチベットへ行くようになった原因は、どうか平易にして読み易い仏教の経文を社会に供給したいという考えから、明治二十四年の四月から宇治の黄檗山で一切蔵経を読み始めて、二十七年の三月まで外の事はそんなにしないで専らその事にばかり従事して居りました。その間に私が一つ感じた事があります。それは素人にも解り易い経文を拵えたいという考えで、漢訳を日本語に翻訳したところが、はたしてそれが正しいものであるかどうか。サンスクリットの原書は一つでありますが…

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