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筆にも口にもつくす
ふでにもくちにもつくす
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「魯山人の美食手帖」 グルメ文庫、角川春樹事務所
2008(平成20)年4月18日
初出「独歩」1953(昭和28)年
入力者門田裕志
校正者noriko saito
公開 / 更新2010-01-14 / 2014-09-21
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 ある日、ある女人と、こんな話をした。
「先生、料理をするときの心がけについて話していただけませんでしょうか」
「なるほど、君はなかなかいいことを聞くね。方法を聞かずに、心がけを聞くところに見どころがあるね。それはね、まず、親切ということだ。親切を欠くなということだ」
「ハイ、親切を欠くな……でございますか」
「そうだ、真心だね。こんな話がある。あるひとが別荘にいた。別荘にも、いろいろあるが、あまり、ありがたくない別荘だよ」
「まあ申せば小菅のようなところですの」
「うむ、君はなかなかもの分りがいいな。つまり、そうした別荘だよ。そこでだ、その別荘に、毎日差し入れがくる。弁当がとどけられるのだな。日々いろいろのひとから、差し入れ弁当がとどくのだよ。友人からとどくもの、知人からとどくもの、そのひとが世話してやったひとからとどくもの、また、そのひとが別荘から出た時に、そのひとを利用してやろうと思う奴からとどくもの、いろいろだからね。そのなかで、そのひとが差し入れ人の名を聞かずとも、すぐに分る差し入れ弁当があった。それは、そのひとの、おっかさんからとどけられるものだった。そのひとはすぐに、それが母親からのものだと、分ったそうだよ」
「先生、やはり、その母親からとどけられる弁当には親切があるからですね」
「そうだ、そうだ、誰の弁当にもまさる真心がそのひとに通じたのだな」
「分りました。先生、ではいちばん親切な料理は、母親や女房の作ったものということになりますわね」
「そうだとも、そうだとも」
「では、先生、伺いますが、恋女房がそれこそ真心をつくしてこしらえてくれた料理がぜったい世の中でいちばんおいしいはずなのに、よそで食べる料理のほうが、はるかにおいしい場合があると思いますが、いえ、たいていの場合、家庭料理より、料理屋の料理のほうがおいしいことが多いのですが、これはどうしてでしょうか、先生」
「うむ、君はいいところを突いてくるね。わたしは、親切心、真心がいちばん大事だといったが、それがいちばんおいしいとはいわなかったはずだ」
「うまくお逃げになりましたね、先生」
「逃げはせんよ、なにも君と鬼ごっこをしているわけじゃない……」
「じゃ、先生、説明をしてくださいますわね」
「いいとも……真心が第一だが、真心だけではいかん。真心はたいせつだが、真心さえあれば、なんでもとおるというのなら、世の中は甘いもんだ。新婚早々の夫婦なら、恋女房の炊いたごはんが、シンだらけでも嬉しいだろう。恋女房のつくったビフテキが、たとえわらじのようでも、ありがたいだろう。
 だが、新婚夫婦はいささかのぼせあがっている。真心とか、親切とかいうものは、のぼせあがったものではない。もっと冷静でなくてはいかん。ほんとうの真心があって、しかもその真心が形にあらわれたとき、はじめて真心は見えるのだ、思っているだ…

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