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新らしき祖先
あたらしきそせん
作品ID50183
著者相馬 泰三
文字遣い新字旧仮名
底本 「現代日本文學大系 49 葛西善藏 嘉村礒多 相馬泰三 川崎長太郎 宮路嘉六 木山捷平 集」 筑摩書房
1973(昭和48)年2月5日
初出「新潮」1917(大正6)年10月号
入力者林幸雄
校正者noriko saito
公開 / 更新2010-03-31 / 2014-09-21
長さの目安約 20 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



 或る年の、四月半ばの或る晴れた日、地主宇沢家の邸裏の畑地へ二十人ばかりの人足が入りこんで、お喋舌をしたり鼻唄を唄つたりして賑かに立働いてゐた。或る者は鋤を持つて溝を掘り、或る者はそこから掘上げられた土を運んで、地続きになつてゐる凹みの水溜を埋めてゐ、また或る者は鍬の刃を時々キラキラと太陽の光に照返へらせながら去年の畝を犂返してゐた。
 漸く雪解がすんだばかりなので、ところどころでちよろ/\小流が出来てゐた。掘返へしても掘返へしても、かなり下の方まで土がぢく/\濡れてゐた。それで、人足たちの手も足も、着てゐる仕事着も、頬かぶりにした手拭まで――身体ぢゆう泥だらけになつてゐた。
 方々で、泥の飛ぶ音や水のはねつ返へる音がしてゐた。
「やりきれやしないや。」と、誰やらがこぼしてゐる。
「ほ、滑つて、歩かれやしない!」と、どこかで、他の男が怒鳴つてゐる。
 と、こちらの、邸境になつてゐる杉林に沿つたところを犂返へしてゐる一人の中年の男が、それに答へるやうに、何かで酷く咽喉を害られてゐる皺嗄声で、「何だつてまだ耕作には時節が早過ぎるわ。」と嘯いた。「地面の奴、寝込みをあんまり早く叩き起されたんで機嫌を悪くしてゐやがるんだよ。」
「さうよ、土がまだ妙に冷たいもんな。」と、それと並んで同じ労働をしてゐる同じ年格好の、もう一人の男が云つた。そして、どこか不平を洩らすやうな調子で訊ねた。「だが、此地で一体何がおつぱじまるんだね?」
「林檎林が出来るんだとよ。」と、皺嗄声の男が、これも何やら気に入らなさ相な口調で答へた。
「へえ、林檎林が出来るか。だが、この界隈ぢや昔から林檎つてことは聞かないな、俺等の地方にや適かないんぢやないかね。なあにさ、そりや、どうせ旦那衆の道楽だから何だつて構はないやうなもののな。」
「ほんとによ。林檎がこの土地に適かうが適くまいが、そんなこと俺等に何の関係もないこつたが、その為めに、俺等が永年作り込んだ地面を、なんぼ自分の所有だといつて、さうぽん/\と無造作に取上げられたんぢや、全くやりきれやしない。」
「第一、勿体ないやね。こんな上等な土地を玩具にするなんて、全くよくないこつた! それには些つと広過ぎるよ。」
「しツ! 止かつしやい。馬鹿言ふぢやない。お前がたの今言つてたやうな事が、あの若旦那の耳へ入りでもしたら、」と、その隣に並んで同じ労働に従事してゐた三番目の男が、前の二人を窘めるやうに言つて、その会話に加つた。「あの人は真面目だから怒ると恐いぜ。それに、今度のことぢや、若旦那、篦棒なのぼせやうをして居なさるんだつて言ふからな。」が、その調子には、どこか一同と共通した不平と嘲笑の影がひそんでゐた。彼は飽までも恍けた真面目な顔をして、なほも続けた。
「なんだつていふぜ、今度の事がうまく成功すると、追々手を拡げて、所有地を全部小作人から取上…

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