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針の木のいけにえ
はりのきのいけにえ
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「日本山岳名著全集8」 あかね書房
1962(昭和37)年11月25日
入力者富田晶子
校正者岡村和彦
公開 / 更新2016-08-04 / 2016-06-10
長さの目安約 13 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 松本から信濃鉄道に乗って北へ向かうこと一時間六分、西に鹿島槍の連峰、東には東山の山々を持つ大町は安曇高原の中心として昔から静かに、ちんまりと栄えて来た町である。もちろん信州でも北方に位するので、雪は落葉松の葉がまだ黄金色に燃えているころからチラチラと降り始めるが、昨年(昭和二年)は概していうと雪の来ることがおそかった。が、来るべきものは来ずにはおかぬ。十二月二十三日の晩から本式に降り出して翌日も終日雪。その翌日、即ち二十五日の朝、信濃鉄道の電車は十一人の元気な若者たちを「信濃大町」の駅へ吐き出した。いずれもキリッとしたスキーの服装に、丈夫なスキーを携え、カンジキを打った氷斧を持って、大きな荷物はトボガンにのせ、雪を冒して旅館対山館に向かった。彼らの談笑の声はこたつにかじりついていた町の人々の耳を打った。ああ、早稲田の学生さんたちが来ただ! 町の人々はこういって、うれしく思うのであった。ここ三年間、毎年冬になると雪が降る、雪が降ると早稲田の学生さんたちが大沢の小屋へスキーの練習に入る。で、今年が四度目。雪に閉じ込められて、暗い、寂しい幾月かを送る町の人々にとっては、この青年たちが来ることが一種の興奮剤となり、かつ刺激となるのである。

        *

 対山館のあがりかまちに積まれた荷物の質と量とは、山に慣れた大町の人々をも驚かすほどであった。食糧、防寒具、薬品、修繕具その他……すべて過去における大沢小屋こもりと針ノ木付近の山岳のスキー登山とから来た尊い経験が、ともすれば危険を軽視しようとする年ごろの彼らをして、あらゆる点に綿密な注意を払わしめた。人間は自己の体力と知力とのみをたよりに、凶暴なる自然のエレメントと対抗しようとする時、その凖備についてのみでも、ある種の感激を持たずにはいられない。この感激が人を崇高にし、清白にする。この朝大町に着いた若い十一人は、かくの如き感激を胸に秘めた幸福な人々であったのである。

        *

 対山館の宿帳には左の如く記された。
近藤  正   二十四
渡辺 公平   二十一
河津 静重   二十一
山田 二郎   二十三
江口 新造   二十二
富田 英男   二十三
家村 貞治   二十三
上原 武夫   二十
有田祥太郎   二十一
関  七郎   二十三
山本 勘二   二十二
 この宿帳に早大山岳部員の名前が十一人そろったのはこれが最後である。年がかわって、宿帳に書き込まれた名も激増したが、そのどのページをくっても、家村、上原、関、山本四氏の名は見あたらない!

        *

 荷物を置いて身軽になった一行は、八日丁の通りを東へ、東山の中腹にある大町公園へスキーの練習に出かけた。狭いけれども雪の質は申しぶんない。一同は心ゆくまですべるのであった。テレマーク、クリスチャニヤ、ジャムプ・ストッ…

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