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婦人十一題
ふじんじゅういちだい
作品ID50781
著者泉 鏡花 / 泉 鏡太郎
文字遣い旧字旧仮名
底本 「鏡花全集 巻二十七」 岩波書店
1942(昭和17)年10月20日
入力者門田裕志
校正者川山隆
公開 / 更新2011-10-01 / 2014-09-16
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

一月

 うまし、かるた會に急ぐ若き胸は、駒下駄も撒水に辷る。戀の歌を想ふにつけ、夕暮の線路さへ丸木橋の心地やすらむ。松を鳴らす電車の風に、春着の袖を引合す急き心も風情なり。やがてぞ、内賑に門のひそめく輪飾の大玄關より、絹足袋を輕く高廊下を行く。館の奧なる夫人の、常さへ白鼈甲に眞珠を鏤めたる毛留して、鶴の膚に、孔雀の裝にのみ馴れたるが、この玉の春を、分けて、と思ふに、いかに、端近の茶の室に居迎ふる姿を見れば、櫛卷の薄化粧、縞銘仙の半襟つきに、引掛帶して、入らつしやい。眞鍮の茶釜の白鳥、出居の柱に行燈掛けて、燈紅く、おでん燗酒、甘酒もあり。
――どツちが好いと言ふんですか――
――知らない――

二月

 都なる父母は歸り給ひぬ。舅姑、知らぬ客許多あり。附添ふ侍女を羞らひに辭しつゝ、新婦の衣を解くにつれ、浴室颯と白妙なす、麗しき身とともに、山に、町に、廂に、積れる雪の影も映すなり。此時、われに返る心、しかも湯氣の裡に恍惚として、彼處に鼈甲の櫛笄の行方も覺えず、此處に亂箱の緋縮緬、我が手にさへ袖をこぼれて亂れたり。面、色染んぬ。姿見の俤は一重の花瓣薄紅に、乳を押へたる手は白くかさなり咲く、蘭湯に開きたる此の冬牡丹。蕊に刻めるは誰が名ぞ。其の文字金色に輝くまゝに、口渇き又耳熱す。高島田の前髮に冷き刃あり、窓を貫くは簾なす氷柱にこそ。カチリと音して折つて透かしぬ。人のもし窺はば、いと切めて血を迸らす匕首とや驚かん。新婦は唇に含みて微笑みぬ。思へ君……式九獻の盞よりして以來、初めて胸に通りたる甘く清き露なりしを。――見たのかい――いや、われ聞く。

三月

 淺蜊やア淺蜊の剥身――高臺の屋敷町に春寒き午後、園生に一人庭下駄を爪立つまで、手を空ざまなる美き女あり。樹々の枝に殘ンの雪も、ちら/\と指の影して、大なる紅日に、雪は薄く紫の袂を曳く。何に憧憬るゝ人ぞ。歌をよみて其の枝の紅梅の莟を解かんとするにあらず。手鍋提ぐる意氣に激して、所帶の稽古に白魚の[#挿絵]造る也。然も目を刺すがいぢらしとて、ぬきとむるは尾なるを見よ。絲の色も、こぼれかゝる袖口も、繪の篝火に似たるかな。希くは針に傷つくことなかれ。お孃樣これめせと、乳母ならむ走り來て捧ぐるを、曰く、ヱプロン掛けて白魚の料理が出來ますかと。魚も活くべし。手首の白さ更に可三寸。

四月

 舳に肌ぬぎの亂れ姿、歌妓がさす手ひく手に、おくりの絃の流れつゝ、花見船漕ぎつるゝ。土手の霞暮れんとして、櫻あかるき三めぐりあたり、新しき五大力の舷の高くすぐれたるに、衣紋も帶も差向へる、二人の婦ありけり、一人は高尚に圓髷ゆひ、一人は島田艷也。眉白き船頭の漕ぐにまかせ、蒔繪の調度に、待乳山の影を籠めて、三日月を載せたる風情、敷波の花の色、龍の都に行く如し。人も酒も狂へる折から、ふと打ちすましたる鼓ぞ冴ゆる。いざ、金銀の扇、立つて舞ふよと見…

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