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木菟俗見
みみずくぞくけん
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「鏡花全集 巻二十七」 岩波書店
1942(昭和17)年10月20日
初出「東京朝日新聞 第一六二五六号~第一六二六一号」東京朝日新聞社、1931(昭和6)年8月2日~7日
入力者門田裕志
校正者岡村和彦
公開 / 更新2017-11-04 / 2017-10-30
長さの目安約 22 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 苗賣の聲は、なつかしい。
……垣の卯の花、さみだれの、ふる屋の軒におとづれて、朝顏の苗や、夕顏の苗……
 またうたに、
……田舍づくりの、かご花活に、づツぷりぬれし水色の、たつたを活けし樂しさは、心の憂さもどこへやら……
 小うたの寄せ本で讀んだだけでも一寸意氣だ、どうして惡くない。が、四疊半でも六疊でも、琵琶棚つきの廣間でも、そこは仁體相應として、これに調子がついて、別嬪の聲で聞かうとすると、三味線の損料だけでもお安くない。白い手の指環の税がかゝる。それに、われら式が、一念發起に及んだほどお小遣を拂いて、羅の褄に、すツと長じゆばんの模樣が透く、……水色の、色氣は(たつた)で……斜に座らせたとした所で、歌澤が何とかで、あのはにあるの、このはにないのと、淺間の灰でも降つたやうに、その取引たるや、なか/\むづかしいさうである。
 先哲いはく……君子はあやふきに近よらず、いや頬杖で讀むに限る。……垣の卯の花、さみだれの、ふる屋の軒におとづれて……か。
 惡いことは申さぬ。これに御同感の方々は、三味線でお聞きになるより、字でお讀みになる方が無事である。――
 下町の方は知らない。江戸のむかしよりして、これを東京の晝の時鳥ともいひたい、その苗賣の聲は、近頃聞くことが少くなつた。偶にはくるが、もう以前のやうに山の手の邸町、土べい、黒べい、幾曲りを一聲にめぐつて、透つて、山王樣の森に響くやうなのは聞かれない。
 久しい以前だけれども、今も覺えて居る。一度は本郷龍岡町の、あの入組んだ、深い小路の眞中であつた。一度は芝の、あれは三田四國町か、慶應大學の裏と思ふ高臺であつた。いづれも小笠のひさしをすゑ、脚半を輕く、しつとりと、拍子をふむやうにしつゝ聲にあやを打つてうたつたが……うたつたといひたい。私は上手の名曲を聞いたと同じに、十年、十五年の今も忘れないからである。
 この朝顏、夕顏に續いて、藤豆、隱元、なす、さゝげ、唐もろこしの苗、また胡瓜、糸瓜――令孃方へ愛相に(お)の字をつけて――お南瓜の苗、……と、砂村で勢ぞろひに及んだ、一騎當千、前栽の強物の、花を頂き、蔓手綱、威毛をさばき、裝ひに濃い紫を染などしたのが、夏の陽炎に幻影を顯はすばかり、聲で活かして、大路小路を縫つたのも中頃で、やがて月見草、待よひ草、くじやく草などから、ヒヤシンス、アネモネ、チウリツプ、シクラメン、スヰートピイ。笛を吹いたら踊れ、何でも舶來ものの苗を並べること、尖端新語辭典のやうになつたのは最近で、いつか雜曲に亂れて來た。
 決して惡くいふのではない、聲はどうでも、商賣は道によつて賢くなつたので、この初夏も、二人づれ、苗賣の一組が、下六番町を通つて、角の有馬家の黒塀に、雁が歸るやうに小笠を浮かして顯はれた。
 ――紅花の苗や、おしろいの苗――特に註するに及ぶまい、苗賣の聲だけは、草、花の名がそのまゝで…

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