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つり
著者
翻訳者森 鴎外
文字遣い新字新仮名
底本 「於母影 冬の王 森鴎外全集12」 ちくま文庫、筑摩書房
1996(平成8)年3月21日
入力者門田裕志
校正者米田
公開 / 更新2010-09-08 / 2014-09-21
長さの目安約 3 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

「釣なんというものはさぞ退屈なものだろうと、わたしは思うよ。」こう云ったのはお嬢さんである。大抵お嬢さんなんというものは、釣のことなんぞは余り知らない。このお嬢さんもその数には漏れないのである。
「退屈なら、わたししはしないわ。」こう云ったのは褐色を帯びた、ブロンドな髪を振り捌いて、鹿の足のような足で立っている小娘である。
 小娘は釣をする人の持前の、大いなる、動かすべからざる真面目の態度を以て、屹然として立っている。そして魚を鉤から脱して、地に投げる。
 魚は死ぬる。
 湖水は日の光を浴びて、きらきらと輝いて、横わっている。柳の[#挿絵]、日に蒸されて腐る水草の[#挿絵]がする。ホテルからは、ナイフやフォオクや皿の音が聞える。投げられた魚は、地の上で短い、特色のある踊をおどる。未開人民の踊のような踊である。そして死ぬる。
 小娘は釣っている。大いなる、動かすべからざる真面目の態度を以て釣っている。
 直き傍に腰を掛けている貴夫人がこう云った。
「ジュ ヌ ペルメットレエ ジャメエ ク マ フィイユ サドンナアタ ユヌ オキュパシヨン シイ クリュエル」
“Je ne permettrais jamais, que ma fille s'adonn[#挿絵]t[#挿絵]une occupation si cruelle.”
「宅の娘なんぞは、どんなことがあっても、あんな無慈悲なことをさせようとは思いません」と云ったのである。
 小娘はまた魚を鉤から脱して、地に投げる。今度は貴夫人の傍へ投げる。
 魚は死ぬる。
 ぴんと跳ね上がって、ばたりと落ちて死ぬる。
 単純な、平穏な死である。踊ることをも忘れて、ついと行ってしまうのである。
「おやまあ」と貴夫人が云った。
 それでも褐色を帯びた、ブロンドな髪の、残酷な小娘の顔には深い美と未来の霊とがある。
 慈悲深い貴夫人の顔は、それとは違って、風雨に晒された跡のように荒れていて、色が蒼い。
 貴夫人はもう誰にも光と温とを授けることは出来ないだろう。
 それで魚に同情を寄せるのである。
 なんであの魚はまだ生を有していながら、死なねばならないのだろう。
 それなのにぴんと跳ね上がって、ばたりと落ちて死ぬるのである。単純な、平穏な死である。
 小娘はやはり釣っている。釣をする人の持前の、大いなる、動かすべからざる真面目の態度を以て釣っている。大きな目を[#挿絵]って、褐色を帯びた、ブロンドの髪を振り捌いて、鹿の足のような足で立っているのがなんともいえないほど美しい。
 事によったらこの小娘も、いつか魚に同情を寄せてこんな事を言うようになるだろう。
「宅の娘なんぞは、どんな事があっても、あんな無慈悲なことをさせようとは思いません」などと云うだろう。
 しかしそんな優しい霊の動きは、壊された、あらゆる夢、殺された、あらゆる望…

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