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みつばちのきた日
みつばちのきたひ
作品ID51102
著者小川 未明
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 3」 講談社
1977(昭和52)年1月10日
初出「福岡日日新聞」1923(大正12)年1月1日
入力者ぷろぼの青空工作員チーム入力班
校正者江村秀之
公開 / 更新2014-01-22 / 2014-09-16
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 雪割草は、ぱっちりと目を開いてみると、びっくりしました。かつて、見たことも、また考えたこともない、温かな室の中であったからです。そして、自分のまわりには、美しいいろいろの花が、咲き乱れていたからであります。
 雪割草は、小さな頭の中で、過去を考えずにはいられませんでした。この雪の降る、風の烈しい、岩蔭で咲いた日のことが、ぼんやりと浮かびました。それは、谷から捲き起こる風の叫びであったか、また、山を越えて、あちらの海からうめき起こる波の音であったかしれないが、たえず、すさまじい、魂を戦かせるような響きをきいて、花弁を震わせながら咲いていたのでした。
 しかし、その日を不幸だとは考えなかった。春になると、羽のうす紅い、小さなちょうが、たずねてきてくれた。また、夜になると、清らかな星がじっと見守って、いろいろ不思議な話をしてくれたからであります。
「しかし、いったいここは、どこなんだろう。」と、雪割草は、あたりをながめて、独語をもらしました。
 すると、すぐ、自分の頭の上に、くじゃくの羽を垂れたような、貴族的ならんが、だらりと舌を出したように、みごとな花をつけていましたが、その言葉をききつけると、
「おまえさんのような田舎者には、ここは、ちとぜいたくすぎるようなところなんだよ。ここは、人間が金をかけて造っている温室なのさ。わたしはここへきてから二年めになるから、よくこの室の中のことは、なんでも知っている。おまえさんだって、山にいてごらんなさい。どんなに寒いことか。そして、まだなかなか花を咲くどころでない。こうしてかわいがられたのも、早くおまえさんに花を咲かして、お客に売るつもりなんだから、これから、おまえさんも、いままでのように、いいことはあるまいよ。」と、らんはいいました。
 雪割草は、なるほどそういうらんのようすを見上げて、美しい姿だと、つくづく感心しました。
「それで、あなたは、どうしてここにきて、二年もおいでなさるのですか?」と、雪割草は、らんに向かって聞きました。
 らんは、さもゆったりとした姿で、おうへいに雪割草を見下ろしながら、
「世界の植物を愛する人たちで、おそらく、わたしを知っていないものはあるまいね。わたしは、南の温かな島の林の中で育ちました。それは、いま思い出しても陽気な、おもしろいことばかりが目に浮かんでくるのです。それを一つ一つおまえさんに話してあげたいと思いますが、わたしは、なんだか、この二、三日、体のぐあいがよくないから、いつか気分のいいときにいたしましょう。なに、体が悪いって、寒さがこたえたのですよ。南の方の私の生まれた島は、いまごろは暑い日がつづくのですから、無理はありません。しかし、ここにいると、のんきですよ。わたしの大きらいな風も当たらないし、人間が万事いいようにしてくれますからね。しかし、なにしろ高価なことをいいますから、…

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