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大阪の宿
おおさかのやど
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「大阪の宿」 岩波文庫、岩波書店
1943(昭和18)年1月15日、1951(昭和26)年9月10日第3刷改版
初出「女性」大阪プラトン社、1925(大正14)年10月~1926(大正15)年6月
入力者川山隆
校正者門田裕志
公開 / 更新2014-06-17 / 2014-09-16
長さの目安約 252 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

一の一

 夥しい煤煙の爲めに、年中どんよりした感じのする大阪の空も、初夏の頃は藍の色を濃くして、浮雲も白く光り始めた。
 泥臭い水ではあるが、その空の色をありありと映す川は、水嵩も増して、躍るやうなさざ波を立てゝ流れて居る。
 川岸の御旅館醉月の二階の縁側の籐椅子に腰かけて、三田は上り下りの舟を、見迎へ見送つて居た。目新しい景色は、何時迄見て居てもあきなかつた。此の宿に引越して來て二日目の、それが幸なる日曜だつた。
 三田は、大阪へ來て、まだ半年にしかならない。其間、天滿橋を南へ上る、御城の近くの下宿に居たが、因業貪欲吝嗇の標本のやうな宿の主人や、その姉に當る婆さんが、彼のおひとよしにつけ込んで、事毎に非道を働くのに憤慨し、越して行く先も考へずに飛出してしまつた。大きな旅鞄と、夜具蒲團と、机を荷車に積み、自分で後を押して、梅田の驛前の旅人宿に一時の寢所を定めたが、宿の内部の騷々しさに加へて、往來を通る電車のきしり、汽車の發着毎にけたゝましく響きわたる笛の音、人聲と穿物の三和土にこすれる雜音などが、外部からひた押に押して來て、部屋の障子が震へる程で、机にむかつて本を讀んだり、かきものをしたりするおちつきを與へて呉れなかつた。それでも半月は辛抱した。人にも頼み、自分でも會社のゆきかへりに方々見て廻つたが、扨て恰好のうちは無い。氣に入つたところは宿料が高く、安いところは氣に入らなかつた。つい氣のおちつかないまゝに、夜は宿を出てうろつき廻つた。
 そんな時に足をやすめる場所は、關東煮がおきまりだつた。懷中の都合もあり、カフヱは虫が好かないので、自然と大鍋の前に立つて、蛸の足を噛りながら、こつぷ酒をひつかける事になる。天神橋の蛸安は、前の下宿時代からの深い馴染だつた。
「何處かに、安くて居心地のいゝ下宿屋は無いかしら。」
 いつぱい機嫌で、若い主人に訊いて見た。
「安うて居心のえゝ宿屋だつか。」
 眞面目にとりあつてゐるのか、ゐないのか、腰の煙草入から煙管をぬいて、悠々と烟を吹きながら、お義理らしい小首を傾けた。
「大將。」
 先刻から大分酩酊して、居睡をしさうになつて居た汚ならしいぢいさんが、いきなり横あひから聲をかけた。
「安うて居心のえゝ宿屋やつたらな、土佐堀の醉月や。」
 厚ぼつたい唇をなめながら、鍋の上につんのめりさうな形だつた。少し舌が長過るのか、醉つて居る爲めにもつれるのか、ぢいさんのいふ事は聞取りにくかつたが、要之その醉月といふ宿屋は、きれいで靜で安くて、食物は上等で、おかみさんも女中も親切で、これ程居心地のいゝうちは無いと云ふ意味の事を繰返して喋つて居るのだつた。
 三田は酒のみの癖に醉拂が嫌ひなので、何を云はれても取合はなかつたが、醉月といふ名は忘れなかつた。そして、翌日會社の歸りに土佐堀の川岸を順々に探して行つて、此の家を見つけたのである。
 …

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