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初めて西田幾多郎の名を聞いたころ
はじめてにしだきたろうのなをきいたころ
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「日本の名随筆 別巻92 哲学」 作品社
1998(平成10)年10月25日
入力者門田裕志
校正者noriko saito
公開 / 更新2011-01-08 / 2014-09-21
長さの目安約 9 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 わたくしが初めて西田幾多郎という名を聞いたのは、明治四十二年の九月ごろのことであった。ちょうどその八月に西田先生は、学習院に転任して東京へ引っ越して来られたのであるが、わたくしが西田先生のことを聞いたのはその方面からではない。第四高等学校を卒業してその九月から東京の大学へ来た中学時代の同窓の友人からである。
 その友人は岡本保三と言って、後に内務省の役人になり、樺太庁の長官のすぐ下の役などをやった。明治三十九年の三月に中学を卒業して、初めて東京に出てくる時にも一緒の汽車であった。中央大学の予備科に一、二か月席を置いたのも一緒であった。それが九月からは四高と一高とに分かれて三年を送り、久しぶりにまた逢うようになったときに、最初に話して聞かせたのが、四高の名物西田幾多郎先生のことであった。日本には今西田先生ほど深い思想を持った哲学者はいない。先生はすでに独特な体系を築き上げている。形而上学でも倫理学でも宗教学でもすべて先生の独特な原理で一貫している。僕たちはその講義を聞いて来たのだ。よく解ったとはいえないけれども、よほど素晴らしいもののように思う。しかし自分たちが敬服したのは、その哲学よりも一層その人物に対してである。哲学者などといえばとかく人生のことに迂遠な、小難かしい理屈ばかり言っている人のように思われるが、先生は決してそんな干からびた学者ではない。それは先生が藤岡東圃の子供をなくしたのに同情して、自分が子供をなくした経験を書いていられる文章を見ても解る。哲学者で宇宙の真理を考えているのだから、子供をなくした悲しみぐらいはなんでもなく超越できるというのではないのだ。実に人間的に率直に悲しんでいられる。亡きわが児が可愛いのは何の理由もない、ただわけもなく可愛い。甘いものは甘い、辛いものは辛いというと同じように可愛い。ここまで育てて置いて亡くしたのは惜しかろうと言って同情してくれる人もあるが、そんな意味で惜しいなどという気持ちではない。また女の子でよかったとか、ほかに子供もあるからとかと言って慰めてくれる人もあるが、そんなことで慰まるような気持ちでもない。ただ亡くしたその子が惜しく、ほかの何を持って来ても償うことのできない悲しみなのだ。亡き子の面影が浮かんでくると、無限になつかしく、可愛そうで、どうにかして生きていてくれればよかったと思う。死は人生の常で、わが子ばかりが死ぬのではないが、しかし人生の常事であっても、悲しいことは悲しい。悲しんだとて還っては来ないのだから、あきらめよ、忘れよといわれるが、しかし忘れ去るような不人情なことはしたくないというのが親の真情である。悲しみは苦痛であるに相違ないが、しかし親はこの苦痛を去ることを欲しない。折にふれて思い出しては悲しむのが、せめてもの慰めであり、死者への心づくしである。そういう点からいえば、親の愛はまことに愚痴…

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