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天女とお化け
てんにょとおばけ
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 14」 講談社
1977(昭和52)年12月10日
初出「キング」1953(昭和28)年12月
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者酒井裕二
公開 / 更新2017-08-30 / 2017-07-17
長さの目安約 10 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 天職を自覚せず、また、それにたいする責任を感ぜず、上のものは、下のものに好悪の感情を露骨にあらわして平気だった、いまよりは、もっと暗かった時代の話であります。
 新しく中学の受け持ち教師となったSは、おけ屋のむすこの秀吉を、どういうものか好きでありませんでした。特別にきらった理由の一つは、ほかの生徒のごとく学科ができないからというのではなく、秀吉がいつも、じっと教師の顔を見つめて、なにか恨みをもつように、あるいは相手の心の内をさぐるように、ゆだんのできぬ、いらだたしい感じを、与えるからでありました。
 秀吉は教場へ入ると、目をたえず教師の顔にとめて、ほかへ動かそうとしませんでした。
「いったい、なんのため、こう自分ばかり見ているのだろう。」と、教師は、不快に思いました。で、つい彼にばかり質問する気になったが、なにをきいても、秀吉の答えは、ちんぷんかんでありました。それというのも、よく話を聞いているのではなく、ほかのことを考えているか、また、心の中で、だれにも想像のつかぬようなことを、思っていたからでした。
 これは、算数のときでも、作文のときでも、同じでありました。こうした子供は、不思議に図画だけは、じょうずに書くものだといわれていたが、秀吉のばあいは、静物を写生させても、なにをかいたのか、その外形すら、まとまっていなかったのでした。
「これは、手のつけようのない低能児だな。」と、教師は、口の内でつぶやきました。
 ついに、秀吉の母親が、学校へ呼び出されました。彼のすんでいる部落は、貧しい人々の集まりでもありました。母親は、おそるおそる職員室へ出頭して、ひくく頭をたれて、いかめしい、ひげのある顔を、まともに見ようとせず、ただ教師のいうことを、額に汗をにじませながら聞いていました。
「あの子は、妙なくせがあって、人の顔ばかり見ていて、勉強がすこしも頭に入っていないが、家ではどんなふうですか。」と、教師は、たずねました。
「先生のおっしゃることを、よく聞いて、頭に入れなければならぬと、家ではいいきかせているのですが。」と、母親は、恐縮しました。
「いや、人の顔を見るのが、あの子のくせであるか、聞いているのです。」と、教師は、自分にだけする行為なのか、それを知りたかったのです。
「あの子だけは、なにを考えているか、私どもにも、わからないことがあります。ほかの子には、そんなこともありませんが、よく、ねこと遊んでいて、おかあさん、このねこはどんなことを、思っているでしょうかねと、聞くのであります。それは、おかあさんにも、ねこの心の中はわからないよ、ねこに聞いてみなければねというと、あの子は、ちょっと見ると、ずるそうだけれど、また、むじゃきだから、ねこは、かわいがられるんだねといって、いつまでも、ねこを見ているのでございます。」と、母親は答えました。
 この話を聞くと…

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