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児童の解放擁護
じどうのかいほうようご
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「芸術は生動す」 国文社
1982(昭和57)年3月30日
入力者Nana ohbe
校正者仙酔ゑびす
公開 / 更新2012-01-17 / 2014-09-16
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 思想問題とか、失業問題とかいうような、当面の問題に関しては、何人もこれを社会問題として論議し、対策をするけれど、老人とか、児童とかのように、現役の人員ならざるものに対しては、それ等の利害得失について、これを忘却しないまでも、兎角、等閑に附され勝である。
 しかし、このことは、一般が冷淡なる程、しかく差迫っていない問題であろうか、すでに、社会上の役割を終った老人等が、彼等の老後、貧困に陥り、衣食に窮するに至るとせば、当然、その責をこの社会が負うことを至当とするからである。これについては、別に、論ぜらるべき機会のあるとして、こゝには、独り、児童について言うことゝする。
 曾て、市街公園の名称にて、新聞に報ぜられたと記憶するが、なんでも、ある一定の時間内だけ、その区域間の自動車、自転車の通行を禁じて、全く、児童等のために解放して、小さき者達の遊園とする、計画であったと思う。あの話は、その後何うなったのであろうか。
 実に、児童等をして、交通危害に関する恐怖より、一時なりとも解放することは、彼等の身心の発達上に及ぼす影響こそ真に大でなければならぬ。
 今から、二十年ばかり前までは、市中には、まだ電車も、自動車もなかったといっていゝ。ただ馬車や、人力車が交通するにすぎなかった。だから、歩行するのに、さまで神経を労しなかった。一里や二里位の路を往復することは、なんでもなかった。しかし、これがために、今日、近距離を行くにさへ[#「さへ」はママ]、乗物を利用するのを目して、贅沢になり、惰弱になったと一概に言うことはできぬのである。なぜならば、これだけ、交通が危険のために、歩るくことに対して、少しの愉快をも感ぜず却って、恐怖を感じ、神経を過分に浪費するからである。
 大人でさえ、そうであれば、児童達が、一層、これに神経を働かせるのも察せられよう。彼等は、常に、戸外に生活しているともいえるのだ。そして、これ等の小さき者達は与へられ[#「与へられ」はママ]たる、境遇について、不平を言い、抗議することを知らない。いつも受動的であり、どんなとこにでも甘んじなければならぬ。それを考うる時、四六時中警笛におびやかされ、塵埃を呼吸しつゝある彼等に対して、涙なきを得ないのである。
 彼等にせめて、一日のうち、もしくは、一週間のうち幾何かの間を、全く、交通危険に晒らされることから解放して、自由に跳躍し遊戯せしむることを得せしめるのは、たゞそれだけで意義のあることではないか。また暑中休暇の期間だけ、閑静な処にて自然に親しませることは、虚弱な児童等にとって必要なことである。林間学校、キャンプ生活、いずれも理想的なるに相違ないが、それには、費用のかゝることであり、無産者の子供は、加わることができない。要は、適当なる社会政策の施されざるかぎり、学校か、町会などにて容易に実行されることでなければならぬ…

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