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冬のちょう
ふゆのちょう
作品ID52107
著者小川 未明
文字遣い新字新仮名
底本 「定本小川未明童話全集 10」 講談社
1977(昭和52)年8月10日
初出「民政」1934(昭和9)年1月
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者仙酔ゑびす
公開 / 更新2012-06-28 / 2014-09-16
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 すがすがしい天気で、青々と大空は晴れていましたが、その奥底に、光った冷たい目がじっと地上をのぞいているような日でした。
 美しい女ちょうは、自分の卵をどこに産んだらいいかと惑っているふうでありました。なるたけ暖かな、安全な場所を探していたのでした。
 もう、季節は秋の半ばだったからです。その卵が孵化して一ぴきの虫となって、体に自分のような美しい羽がはえて自由にあたりを飛べるようになるには、かなりの日数がなければならぬからでした。
「ああ、かわいそうに、こんな時分に生まれてこなければよかったのに……。」といって、女ちょうはまだ見ない子供のことを憂えたのでありました。
 彼女は、さらに、そのような心配をしなくてはならぬ、自分をも不幸に考えたのでありました。
「なぜ、私は、もっと日の長い、そしていろいろの花がたくさんに咲いている時分に、この世の中へ生まれてこなかったのだろう。」と、思わずにいられなかったのです。
 どこか、庭の捨て石の下からはい出てきた、がまがえるが、日あたりのいい、土手の草の上に控えて、哲学者然と瞑想にふけっていましたが、たまたま頭が上へ飛んできた、女ちょうのひとりごとをきくと、目をぱっちりと開けて、大きな口で話しかけました。
「そのころの世の中のことなら、私がよく知っている。話してきかせるから、木の葉にとまってすこし休みなさい。」
 女ちょうは、びっくりしました。そこにいて、さっきから獲物をねらっていた、恐ろしい怪物に気がつかなかったのでした。
「私は、おまえをとろうとは思っていない。私は、いまなにもたべたくない。静かに、昔のことを思っていたのだ。春から夏にかけては、私たち、生物は、だれもかれも幸福なものだった。それから見れば、いまのものは、かわいそうだと思うよ。」
 こうがまがえるがいったので女ちょうは、自分に同情してくれるものと思って、立ち上がったのを、引き返してきて、かたわらの一つの葉の上に止まりました。
「後生ですから、私のお母さんや、お父さんたちの、黄金時代のことを話してください。きくだけでも、生まれてきたかいがありますから。」と、彼女は、頼みました。
「それは、野にも、山にも、圃[#ルビの「はたけ」はママ]にも、花という花はあったし、やんわりとした空気には、甘い香りがただよっていた。鳥が鳴き、流れがささやき、風さえうたうのだから音楽がいたるところできかれたものだ。それは、このごろの悲しい歌とちがって力のあふれたものだった。おまえさんたちの知らない、いろんなちょうを見たよ。おまえさんが、美しくないというのでは、けっしてないが、それは、美しいちょうがたくさん飛んでいた。人間は、花よりも、かえって、ちょうちょうといって、ほめそやしたものだ。ちょっとおおげさだが、空中いっぱいちょうだといってよかったんだ。」
「まあ、そんなに、私たち、ちょ…

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