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三国志
さんごくし
副題06 孔明の巻
06 こうめいのまき
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「三国志(四)」 吉川英治歴史時代文庫、講談社
1989(平成元)年4月11日
入力者門田裕志
校正者仙酔ゑびす
公開 / 更新2013-09-25 / 2014-09-16
長さの目安約 330 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

関羽千里行




 時刻ごとに見廻りにくる巡邏の一隊であろう。
 明け方、まだ白い残月がある頃、いつものように府城、官衙の辻々をめぐって、やがて大きな溝渠に沿い、内院の前までかかってくると、ふいに巡邏のひとりが大声でいった。
「ひどく早いなあ。もう内院の門が開いとるが」
 すると、ほかの一名がまた、
「はて。今朝はまた、いやにくまなく箒目立てて、きれいに掃ききよめてあるじゃないか」
「いぶかしいぞ」
「なにが」
「奥の中門も開いている。番小屋には誰もいない。どこにもまるで人気がない」
 つかつか門内へ入っていったのが、手を振って呶鳴った。
「これやあ変だ! まるで空家だよ!」
 それから騒ぎだして、巡邏たちは奥まった苑内まで立ち入ってみた。
 するとそこに、十人の美人が唖のように立っていた。
「どうしたのだ? ここの二夫人や召使いたちは」
 巡邏がたずねると、美姫のひとりが、黙って北のほうを指さした。
 この十美人は、いつか曹操から関羽へ贈り、関羽はそれをすぐ二夫人の側仕えに献上してしまい、以来、そのまま内院に召使われていた者たちであった。
 関羽は曹操から贈られた珍貴財宝は、一物も手に触れなかったが、この十美人もまたほかの金銀緞匹と同視して、置き残して去ったものである。
 ――その朝、曹操は、虫が知らせたか、常より早目に起きて、諸将を閣へ招き、何事か凝議していた。
 そこへ、巡邏からの注進が聞えたのである。
「――寿亭侯の印をはじめ、金銀緞匹の類、すべてを庫内に封じて留めおき、内室には十美人をのこし、その余の召使い二十余人、すべて関羽と共に、二夫人を車へのせて、夜明け前に、北門より立退いた由でございます」
 こう聞いて、満座、早朝から興をさました。猿臂将軍蔡陽はいった。
「追手の役、それがしが承らん。関羽とて、何ほどのことやあろう。兵三千を賜らば、即刻、召捕えて参りまする」
 曹操は、侍臣のさし出した関羽の遺書をひらいて、黙然と読んでいたが、
「いや待て。――われにこそ無情いが、やはり関羽は真の大丈夫である。来ること明白、去ることも明白。まことに天下の義士らしい進退だ。――其方どもも、良い手本にせよ」
 蔡陽は、赤面して、列後に沈黙した。
 すると程[#挿絵]は、彼に代って、
「関羽には三つの罪があります。丞相のご寛大は、却って味方の諸将に不平をいだかせましょう」
 と、面を冒して云った。
「程[#挿絵]。なぜ、関羽の罪とは何をさすか」
「一、忘恩の罪。二、無断退去の罪。三、河北の使いとひそかに密書を交わせる罪――」
「いやいや、関羽は初めから予に、三ヵ条の約束を求めておる。それを約しながら強いて履行を避けたのは、かくいう曹操であって、彼ではない」
「でも今――みすみす彼が河北へ走るのを見のがしては、後日の大患、虎を野へ放つも同様ではありませぬか」
「…

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