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私本太平記
しほんたいへいき
副題05 世の辻の帖
05 よのつじのじょう
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「私本太平記(三)」 吉川英治歴史時代文庫、講談社
1990(平成2)年3月11日
入力者門田裕志
校正者トレンドイースト
公開 / 更新2013-01-11 / 2014-09-16
長さの目安約 225 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

罪の暦

 先帝後醍醐の隠岐遠流。
 二皇子の四国流し。
 その日は近かった。あと二日ほどでしかない。洛中は車馬のうごきにも緊迫した時局が見えて、不気味な流言もまま飛んでいた。
「楠木はまだ生きている!」
「正成はまだ死んではいない」
「赤坂落城のさい死んだとみせ、じつは大塔ノ宮と共にどこかで指揮をとっている」
 時も時ではあり、熱病の熱が再発したように、この流説はぱっと拡がり、かつ一般に信じられていた。
 六波羅のうけた衝撃は小さいものでない。
 もし事実なら、洛中の諸大将などもまた、鎌倉表へたいして、面目もないわけだ。
 彼らは赤坂落城と同時に「正成も火中に死したり」と公報して、いい気な“凱旋酒”に酔っていたものである。だから口々に、
「流言にすぎぬ」と、打消し、
「流言が作り出す亡霊だ、大塔ノ宮はともあれ、正成が生存しているはずはない」
 と表面、平然を装うていたが、しかし動揺のいろ蔽いえないものがあった。
 それの証拠には、在京諸軍をあげて、洛外七道の街道口その他に非常の布陣が行われ出した。いうまでもなく、幻の敵にたいする先帝奪回の封じ手だった。――高氏の一勢などもまた、羅刹谷を出て、大和口の三ノ橋に、こよいも篝火をさかんにし、非常の警備についていた。
 その宵ごろだった。
「待てっ」
 とつぜん、三ノ橋のたもとで、槍ぶすまを突きつけられ、ぎょっと立ちすくんだ旅人がある。
「どこへ行く?」
 旅の男は答えた。
「京へ入ります」
「知れたこと、何しに行く」
「てまえ、具足師でございますので、さるお方の御宿所まで」
「ならん。ここ数日は、京口一切、夜中通行止めとある高札を見ていないのか」
「はて」
 男は、ほかを見廻して。
「もしやここは、足利殿の御陣ではございませぬか」
「いらざることを申すな。何でもあれ、通すことはならん」
「ならば、高氏さまへお取次ぎ下さい。具足師の柳斎ですがと」
「えっ、柳斎」
 末端の兵では、一色右馬介の顔は知らない者が多い。しかし柳斎と聞けば、しばしば殿が座辺に近づけている隠密と知っている。
 まもなくその右馬介は、高氏のいる野外の床几場へみちびかれていた。高氏が彼と会うときはいつも人をそばにおかないのが例だった。だから右馬介の所在やその使命などは、ふたり以外に知る者もないのだった。
「なに。堺ノ浦から、宮方残党の者が、ここしきりに舟で山陽方面へ移動していると申すのか」
「はい。それもお耳に入れおきたく、また、巷の風説の如く、多聞兵衛正成の生存も、確かめられましたゆえ、一応お知らせにもどりました」
「そうだろう!」
 高氏は膝を打った。じぶんの観測は中っていた。将は将を知る。独り愉快を禁じえぬらしい。
「かねて正成の人となりは、そちからつぶさに聞いていた。その正成が、小城一つ失ったとて、やわか、むなしく焼け死ぬものか。藁人形で…

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