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大恩は語らず
だいおんはかたらず
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「太宰治全集11」 筑摩書房
1999(平成11)年3月25日
初出「文章倶樂部 第六巻第七号」1954(昭和29)年7月1日
入力者小林繁雄
校正者阿部哲也
公開 / 更新2011-12-17 / 2014-09-16
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 先日、婦人公論のNさんがおいでになつて、「どうも、たいへん、つまらないお願ひで、いけませんが、」と言ひ、恩讐記といふテエマで數枚書いてくれないか、とおつしやつた。「おんしうき。恩と讐ですか。」と私は、指先で机の上に、その恩といふ字と、讐といふ字を書いて、Nさんに問ひただした。Nさんは卒直な、さつぱりした氣象のおかたであつた。「さうです。どうも、あまりいいテエマぢや無いと、私も思ふのです。手紙でお願ひしたら、あなたは、きつとお斷りになるだらうと思ひましたから、ですから、私がけふお宅へお願ひにあがつたのです。恩は、ともかく、讐なんて、あまり氣持のよいものでは無いのですから、テエマにあまり拘泥せず、子供の頃、誰かに毆られて、くやしかつたとか、そんな事でもお書きになつて下さつたら、いいのです。」
 私には、Nさんの親切は、よくわかるのだが、内々、やり切れない氣持であつた。とにかく、斷るより他は無いと思つた。「私には、書くことはありません。恩といへば、小さい時から、もう恩だらけで、いまでも、一日も忘れられない恩人が、十人以上もありますし、一々お名前を擧げて言ふのも、水くさくて、かへつて失禮でせうし、『大恩は語らず』といふ言葉のとほり、私は今では、あまり口に出して言ひたくないのです。復讐感の方は、一つもありません。癪にさはつたら、その場で言つてしまふ事にしてゐます。」
 以前、私は恩を感じてゐるお方たちに、感じてゐるままに、「恩」といふ言葉を使つて言つて、かへつてそのお方達や、またその周圍の人たちに誤解されてしまつた事があるのだ。めつたに、口に出して言へる言葉でないやうである。
「それでいいのです。」とNさんは、私の説明に肯定を與へてくれた。「いま、おつしやつた事を、そのまま書いて下さつたら、いいのです。」Nさんは、私同樣に、汗の多い體質らしく、しきりにハンケチで顏の汗を拭いて居られた。
「書きたくないんですよ。四枚、五枚の隨筆ばかり書いてゐると、とても厭世的になつてしまふのです。それこそ、復讐感が起りさうになります。だまつて、小説ばかり書いてゐたいのです。」
「さうでせうね。」とNさんは、本心から同感を寄せて下さる。「ほんたうに、いけないんですよ、こんな事をお願ひするのは。ですから、テエマにこだはらず、どんな事でも、いいのです。書いて下さい。」
 Nさんは、この遠い田舍の陋屋に、わざわざ訪ねて來てくれたのだといふ事を思へば、私は今、頑固に斷つてこの場を氣まづくするのが、少しつらくなつて來たのである。私の心の中にはやつぱり臆病な御氣嫌買ひの蟲がゐる。たうとう書くことになつた。けれども、「書くことはありません。書きたくないのです。」といふ言葉は、私の本心からのもので、それは、ちつとも變つてゐない。書くことが無いのだ。仕方が無いから、Nさんが、それからおつしやつた、氣持の…

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