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私信
ししん
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「太宰治全集11」 筑摩書房
1999(平成11)年3月25日
初出「都新聞 第一九四三七号」1941(昭和16)年12月2日
入力者小林繁雄
校正者阿部哲也
公開 / 更新2011-12-29 / 2014-09-16
長さの目安約 2 ページ(500字/頁で計算)
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本文より


 叔母さん。けさほどは、長いお手紙をいただきました。私の健康状態やら、また、將來の暮しに就いて、いろいろ御心配して下さつてありがたうございます。けれども、私はこのごろ、私の將來の生活に就いて、少しも計畫しなくなりました。虚無ではありません。あきらめでも、ありません。へたな見透しなどをつけて、右すべきか左すべきか、秤にかけて愼重に調べてゐたんでは、かへつて悲慘な躓きをするでせう。
 明日の事を思ふな、とあの人も言つて居られます。朝めざめて、けふ一日を、充分に生きる事、それだけを私はこのごろ心掛けて居ります。私は、嘘を言はなくなりました。虚榮や打算で無い勉強が、少しづつ出來るやうになりました。明日をたのんで、その場をごまかして置くやうな事も今は、なくなりました。一日一日だけが、とても大切になりました。決して虚無では、ありません。
 いまの私にとつて、一日一日の努力が、全生涯の努力であります。戰地の人々も、おそらくは同じ氣持ちだと思ひます。叔母さんも、これからは買ひ溜などは、およしなさい。疑つて失敗する事ほど醜い生きかたは、ありません。私たちは、信じてゐるのです。一寸の蟲にも、五分の赤心がありました。苦笑なさつては、いけません。無邪氣に信じてゐる者だけが、のんきであります。私は文學をやめません。私は信じて成功するのです。御安心下さい。



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