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途上日記
とじょうにっき
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「牧野信一全集第三巻」 筑摩書房
2002(平成14)年5月20日
初出「読売新聞 第一九一一四号、第一九一一六号、第一九一一九号」読売新聞社、1930(昭和5)年5月13日、15日、18日
入力者宮元淳一
校正者門田裕志
公開 / 更新2011-09-07 / 2014-09-16
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



 都合に出て来ると都合の空気を腹一杯に満喫したいのが念願である。物資に依つて購ひ得られる享楽はこよなく楽しい。殊に田園生活者の僕には止め度もなく嬉しい。だが僕の物資は忽ち無に直面する。だが僕は、その無にさつぱり動じない自分を発見した。山間でのストア派的生活のおかげであらう。山間といへば、ついこの頃、その村で山の神様の祭り日に当つて、今年は一つ新時代的の祭りを行ひたいが、貴意に謀りたい――と村長に相談されたので、僕は、では仮装舞踏、飲酒会といふやうなものを演つて神様の御機嫌を取結ばうではありませんか、そして仮装者の考案を投票に依つて等級を定め賞品を出す事にしたら面白いでせう――と提言すると村長は僕の案に満悦し、村費をさいて金貨の賞を出さう! といふ事に決つた。このふれが公表されると村中は湧き立ち悉くの村民は終日重た気に首を曲げて仮装の考案に余念がなかつた。詳細は省くが、僕もいよ/\仮装に就いての思案に耽り出して見ると、考へること/\が、悉く物資を要するものばかりで、それが儘にならず、僕は苛々として出場を見合せようとさへ思つたが、発案者の手前それもならず、困惑のあまり幾日も寝て暮すうちに日が迫り、或朝鏡を見ると頭髪も[#挿絵]も蓬々として、恰も池の化物ニツケルマンのやうな様子に気づいたので、止むを得ずそのまゝ隣家よりボロ/\の野良着を借り出し棕櫚の枯葉を被り、泣き出したいやうな心地になつて、プレツケツケツリス/\、ギヤウ/\――と叫びながら会場に駆けつけると、歌で意味を知つてゐる村人は、非常に拍手して僕を迎へ、娘共は皆なラウデンデラインになりたがつて、僕に追ひ廻されるのを喜び――他の、源頼政も、白井権八も国定忠次もテルテ姫も切ラレ与三郎も――皆なテレてしまつたといふ気の毒を醸し、加けに僕が一等賞に推されて金貨を獲得してしまつたのである。僕が東京に来られたのはその金貨のお蔭である。
 そんな風で、金貨がなくなればなくなるで僕に自動車の代りに歩くことも容易く、咽喉を治すには水道の水が最も嬉しく、盛り場へ行かなければ、たゞの散歩をしてゐるだけで満足する。物資は別にして、都にゐても森にゐても飽きる時は飽きる。退屈は敵としなければならない。飽きるまでの日を限つて――と勇んで僕は出歩き廻る。――で、僕は、この日は他の何処へも行くことが許されなかつたので寓居で飯を済ませ、独りで日比谷公園に出かけて、ラヂオ・タンクの実験を見物したり、ジヨウ・サクラメントが審判に出る拳闘試合を見たり花園を歩きまはつたりしてゐると、誠に心長閑に晴れ渡つて――麗はしい春の光に谷川の水は解け万物は緑に映え、気の毒な冬は遠くの山へ逃げ去つた――などゝ声を出して、ワグネルと一緒に街を散歩するフアウストの科白をそらんじたりした。「花は爛漫として咲きそろひ、粧ひを凝らした人々は更に花の色どりをきらびやか…

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