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文学とは何ぞや
ぶんがくとはなんぞや
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「牧野信一全集第四巻」 筑摩書房
2002(平成14)年6月20日
初出「読売新聞 第一九九六五号、第一九九六六号、第一九九六九号」読売新聞社、1932(昭和7)年9月16日、17日、20日
入力者宮元淳一
校正者門田裕志
公開 / 更新2011-09-19 / 2016-05-09
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



 その科目は、何であつたか今私は忘却してしまつたが、その科目の受持教授は、数年前に物故された片上伸先生であつた。そして私たち学生(文学科)は、おそろしい卒業試験を迎へてゐたのである。当時、片上先生といへば学生連の間に、其稀有なる厳格な教授ぶりで、或者には神の如く崇拝され、或者には鬼の如く怖れられてゐた。私は何時も教室の一番背後の隅の席で、ノートは拡げてはゐるものの、教授の声には上の空で主に窓の外ばかりを眺めてゐるといふ風であつたから、何の教授にも左うである通り教壇の人の姿などは直視することもなし、勿論質問の手を挙げて直接に言葉を交した験しなどは、普通よりも永かつた全学生時代を通じて絶無であつたが、片上先生の、遥か遠くに見える白哲の額、光る眼鏡、凝つと真正面を凝視しながら徐ろに喉の奥から流れ出る、珠玉をふくまれてゐるかのやうな音声に接すると、正しくこれは大学者の姿であるといふやうな漠然とした畏怖の念も涌き、多くの学生に、畏れられ、崇拝されるのは、先づその容貌風姿の実にもシリアスな趣きに端を発するのであらうと点頭かれた。その上先生の説かるゝ芸術論が、人生論が、難解であるといふことから学生たちは片言たりとも逃すまいとして耳をそばだて、速記に余念がなかつた。だから私も先生の時間にはペンを構へて、左の手では頭髪を握つたまゝ速記の姿勢をとつてゐるのであつたが、或日私は突然先生から直接の言葉を賜つたことがあつた。凡ゆる教授から私が直接の言葉を掛けられたのは、先生のそれが最初で、そして最後であらう。
「あゝ、あの一番隅の学生!」
 講義の途中で突然先生は叫ばれた。学生たちが一斉に筆記を止めて後ろを振り向いたが、まさか私はそれが私に向けられた言葉であらうとは思はなかつたから、私も慌てゝ後ろを向き、其処が壁であるのに驚いて、更に首を窓の方へ振り向けやうとした時、
「いゝえ、君ですよ――」と教壇の上からさす先生の指が私の鼻を指してゐるのに気がついた。「何事です、君は、教室で居眠りをしてゐるとは何事ですか、それ位ならお帰りなさいツ!」
 私は別段帰らうともせず黙つてうつむき、間もなく先生の講義は続いたが、その他にも、何か利口気な質問を発して「お黙りなさいツ!」と一喝された者や、あまりに愚かな質問を発して「君は今日限り退学した方が好いでせう。」と青筋を立てゝ憤られた者、その他学究上の問題で先生の厳しい神経に触れて震え上つた者は多かつた。大概の文科の教授は学生が居眠りをしてゐようと落書をしてゐやうと平気で自己の講義をすゝめてゐたし、また何んな愚問を発しやうと、懇切に答へるか、失笑するかで、憤慨の気色を現はすなどゝいふことはなかつた。しかし片上先生は、先づ術語の用法に関して飽くまでも厳密で、凡そその採点標準が凜烈である――とは先生自らも常々申されてゐたことであつた。



 だか…

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