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疳の虫
かんのむし
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「牧野信一全集第一巻」 筑摩書房
2002(平成14)年8月20日
初出「少年 第二一六号(夏期特別号 八月号)」時事新報社、1921(大正10)年7月8日
入力者宮元淳一
校正者門田裕志
公開 / 更新2011-05-25 / 2014-09-16
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 必ず九時迄に来ると、云つて置きながら、十五分も過ぎてゐるのに、未だ叔父は来なかつた。僕は堪らなく焦れたく思ひながらも、叔父の来ることを待つてゐるには違ひなかつたから、頭の中で到頭叔父が大変に憎らしい者になつてしまつた。
 好い天気の日曜の朝である。白い雲一つ見当らない。叔父と遊びに行く約束があつたから、僕は一時間程前に三人の友達が誘ひに来たけれど、断つて了つたのだ。こんなに待たされるくらゐならば、先程皆と一緒に行けばよかつた。僕だつて何も無理に叔父と一緒に遊びに行き度いのではない、約束をしたから待つてゐたのだ。
 家の中は静かだつた。電話のベルが鳴る毎に僕は胸を轟かせた。叔父からではないかしら、と思つたからである。
 友達はどんなに面白く遊んでゐるだらうと思ふと僕は一刻も凝としては居られないやうな気持になつた。叔父が来る来ない、といふことよりも、待されるといふ苦しみが堪らなくなつた。叔父に伴れて行つて貰へることは、毎日殆ど同じことをして遊ぶ友達と遊ぶことよりは、変化があつて、より楽しいことには相違なかつたが、こんなに待されるくらゐなら、伴れて行つてなんか貰ひたくない。負け惜しみではなく、全く僕は待されることが厭だつた。
「ね、お母さん、僕に空気銃を買つて下さいな。」
 この望みは達せられないことはよく承知してゐたが、僕は今の頼りない憤満を持て余してゐた場合、こんなことを云つて見たいやうな気にもなつて、――これは僕の大へんに悪い癖である。――いくらか甘えるやうな調子で云つた。僕は他人に甘えるやうなことは大嫌ひだ。自分が「甘える」毎に必ずさう思ふ。さうして、もう決して「甘えまい」と思ふ。自分のためには勿論、若しこんな場面を友達にでも見られたならば恥かしい。然し、空気銃を欲しいと云ふ事実も、僕自身が「甘える」ことを厭つてゐるといふ事実と同じ程度に強くもなつてゐたのである。
「また始ツたよ、この子は! 駄目だよ、他のものなら兎に角、空気銃は危いからいけないツて、先生からも止められてあるんぢやありませんかね。」
「だつて、僕……」と、僕は大へんに不機嫌な表情をして、唐紙の方を向いて――さて、何と云はうかしら、と思つたが、全く母の云ふ通り、空気銃は先生からも止められてゐるので、返答する言葉が無い……困つたな、と思ふと、無上に情けなくなつて、ホロリと涙が頬を流れてゐた。
「ね、お前はおとなしいね。」
 こんなことを母は何故云ふんだらう、僕は一層こゝでうんと叱られた方が気持がいゝ、第一涙を見られることがいやだ、叱つて呉れゝば却つて清々として涙なんかどつかへ行つてしまふ。
「空気銃はお止しなさい。それよかお前、今に叔父さんが来るから、さうしたら動物園にでも伴れてつてお貰ひよ。」
 僕は、もう、何が何だかわからなくなつてしまつて、ワツと声を張り上げて泣き出した。面白いやうに涙…

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