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詛言に就て
そげんについて
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「南方熊楠全集第六卷 〔文集Ⅱ〕」 乾元社
1952(昭和27)年4月30日
初出「人類學雜誌 第參拾卷第四號」1915(大正4)年4月25日
入力者小林繁雄
校正者フクポー
公開 / 更新2017-05-18 / 2017-03-11
長さの目安約 14 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 人類學雜誌二九卷十二號四九五―七頁に誓言(英語で Swearing)の事を述べたが、爰には詛言(英語で Curse)に就て少しく述よう。
 詛言とは他人が凶事に遭へと、自分が望む由罵り言ふので、邦俗「早くくたばれ」「死んぢまへ」などいふのがそれだ。今日何の氣もなくそんな語を吐く人が有る樣だが、實は甚だ宜しくない。英米に最も盛んなゴッデム(神汝を罪す)又、デム何某(罰當りの何某)などは嚴戒の神名を呼ぶ上に、詛を兼ねた者故、極めて聞苦しい。是も彼方で幼年から口癖になつて止められぬ人が多いらしい。然し往古は詛言は必ず詛する人の望み通りの凶事を詛はれた者に生ぜしむると信じ隨つて甚だ詛言を[#挿絵]れた。例せば古事記に天若日子、葦原中國に到て下照比賣を娶り、八年に至るまで復奏せず。雉名鳴女、天神の命を奉じ視に往しを天若日子射殺し、其矢天の安河の河原に達す。之を檢して高木神言く、是は天若日子に賜ひし矢也と。即ち諸神に示し、今此矢を返し下さんに、若し天花日子命を違えず惡神を射し矢の來つるならば此矢彼れに中らじ。若し彼れ邪心あらば此矢に麻賀禮と言て、矢の穴から其矢を返すと天若日子の胸に中つて死んだと有る。
 本居宣長言く「先づ萬づの吉善を直と云に對ひて萬の凶惡を麻賀と云ふ。故に御祓の段に禍(まが)と書けり。扨其は體言なるを用言にして麻賀流と云ふ。物の形の曲るも其中の一也。さればまがれと云ふは、言は凶くなれと云ふ事にて言は乃ち死ぬと云ふ也。(麻賀禮即ち今の「くたばれ」だ。)書紀には其時天神乃取レ矢而呪レ之曰、若以二惡心一射者、則天稚彦必當レ遭レ害云々、此當レ遭レ害を「まじごれなむ」と訓るは、御門祭詞に天能麻我都比登云神乃言武惡事爾相麻自許理云々と有るに同じ。上に呪曰と有る呪は字書に詛也と有る意にて、俗に所謂麻自那布なれば麻自許流はまじなはるゝ也。凶くまじなふを俗言にまじくると云も是也。さればかの當遭害と此の麻賀禮とは言は別なれども末は一つの意に落めり。故に當遭害と書かれたる字は麻賀禮に能く當れり」[#「當れり」」は底本では「當れり「」](古事記傳十三)。
 又書紀卷二に、天津彦火瓊々杵尊、大山祇神の女木花開耶姫の美貌を見初め召れしに、大山祇其二女姉妹を進む。皇孫姉の方は醜くしとて妹木花開耶姫のみ幸し、一夜で孕ませ玉ひしかば姉磐長姫大慙而詛レ之曰、假使天孫不レ斥レ妾而御者、生兒永壽、有レ如二磐石之常存一、今既不レ然、唯弟獨見レ御、故其兒必如二木花之移落一、一云、磐長姫耻恨而唾二泣之一曰、顯見蒼生者、如二木花之俄遷轉一、當二衰去一矣、此世人短折之縁也、古事記には此時大山祇神、長女が納れられざりしを恥ぢて詛うたので、今に至るまで天皇命等の御命長くまさゞる也と有る。
 伊勢物語に、秋來れば逢はんと約せし女に逃げられた男、天の逆手を拍て呪ふ事見ゆ。本居氏説に、上古は呪を行ふに吉事凶事…

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