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撮影所殺人事件
スタディオ・マーダー・ケース
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「酒井嘉七探偵小説選」 論創ミステリ叢書、論創社
2008(平成20)年4月30日
初出「ぷろふいる 三巻十一号」1935(昭和10)年11月号
入力者酒井 喬
校正者北村タマ子
公開 / 更新2014-07-12 / 2014-09-16
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



 あなたは、勿論、エキストラって御存じでしょう。――活動写真撮影のときに、臨時に雇われて、群衆になったりする――あれですよ。私は聖林にいる時分から、これが本職だったのです。私が千九百三十年に日本へ帰って来た時分には、こんなことで、此方で、おまんまなんか、頂けたものじゃ御座いませんでした。しかし、それから五年の後、私が刑務所から出て来ますと、日本の撮影場もすっかり、亜米利加のあの頃と同じようになっていました。
 私は、あちらへ舞い戻ったつもりになって、ABCプロや、XYZプロダクションで、毎日のように、エキストラ稼ぎをしていたんです。
 あの朝は、とても霧の深い、息苦しいような、お天気でした。
「こんな日和じゃ、撮影も駄目だろう」
 私は、こう思いながら、出て行ったのですが、監督は、
「夜の気分を出すのには丁度いい、すぐ撮影開始だ」
 と命令したものです。
 場面は神戸の元町、一丁目角。とても金のかかった、いいセットでした。撮影台本には次のように書いてありました――
「午前一時、人通りが殆んど絶えた元町通りを、ダンス・ホールの帰りか、または、酒場で飲んでいたらしい、与多者風の、若者二三が歩いて行く。と、一人が、軒店のおでん屋に頭を入れる――」
 御存じのように、こうした場合に雇われるエキストラは、
「用意、カメラ、アクション――」
 の声がかかると、セットの中にいることを忘れて、ただ、呑気に歩いているか、または、話していれば、それでいいのです。しかし、これが、なかなか、六ツヶ敷いことで、撮影されていながら、ほんとに遊んでいる時のような、ゆったりとした気分になれば、もう、エキストラとしては一人前なんです。
 この時の、私の役は、今の台本にありました、「ダンス・ホールか、酒場からの帰りらしい与多者」で、カメラがクランクされ初めると、通りを少し歩いて、軒下のおでん屋に頭を突込めば、それでいいのでした。しかし、そのままでストップするんじゃありません。親爺さんに、なんとか相手になっていなければならなかったのです。で、私は、
「父さん、一杯つけてくんな」
 と、云ったものです。すると、この親爺さん、いかにも真面目に、
「やあ、いらっしゃい」
 と、顔を上げましたが、見ると、五年前にほんものの元町通りでおでん屋をしていた親爺なんです。私は、すっかり驚いてしまいました。
「おや、親爺さん、いつからエキストラになんか、なっているんだい」
 と、聞きますと、少し変な顔をしましたが、何の返事もせずに、酒の燗をしてるんです。私は、はっきり、五年前の、あの夜を思い出しました。
(彼女を殺したのも、こんな霧の深い夜だった。ここに、この親爺がいたんだ。
 ――親爺さん、酒をつけてくんな。
 と、云うと、
 ――はい、どうぞ。
 と返事して、徳利を出した。大きなグラスのカップに入れて、…

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