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雪の十勝
ゆきのとかち
作品ID53199
副題――雪の研究の生活――
――ゆきのけんきゅうのせいかつ――
著者中谷 宇吉郎
文字遣い新字新仮名
底本 「中谷宇吉郎随筆集」 岩波文庫、岩波書店
1988(昭和63)年9月16日
初出「山」1935(昭和10)年12月1日
入力者門田裕志
校正者川山隆
公開 / 更新2013-01-21 / 2014-09-16
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 初めは慰み半分に手をつけて見た雪の研究も、段々と深入りして、算えて見ればもう十勝岳へは五回も出かけて行ったことになる。落付く場所は道庁のヒュッテ白銀荘という小屋で、泥流コースの近く、吹上温泉からは五丁と距たっていない所である。此処は丁度十勝岳の中腹、森林地帯をそろそろ抜けようとするあたりであって、標高にして千六十米位はある所である。
 雪の研究といっても、今までは主として顕微鏡写真を撮ることが仕事であって、そのためには、顕微鏡は勿論のこと、その写真装置から、現像用具一式、簡単な気象観測装置、それに携帯用の暗室などかなりの荷物を運ぶ必要があった。その外に一行の食料品からお八つの準備まで大体一回の滞在期間約十日分を持って行かねばならぬので、その方の準備もまた相当な騒ぎである。全部で百貫位のこれらの荷物を三、四台の馬橇にのせて五時間の雪道を揺られながら、白銀荘へ着くのはいつも日がとっぷり暮れてしまってからである。この雪の行程が一番の難関で、小屋へ着いてさえしまえば、もうすっかり馴染になっている番人のO老人夫妻がすっかり心得ていて何かと世話を焼いてくれるので、急に田舎の親類の家へでも着いたような気になるのである。
 この白銀荘は山小屋といっても、実は山林監視人であるO老人の家であって、普通には開放していないので、内部は仲々立派に出来ている。階下が食堂兼居室で、普通の山小屋の体裁に真中に大きい薪ストーヴがあって、二階が寝室になっている。この小屋の附近は不思議と風当りが少いので、下のストーヴの暖みに気を許して、寝室の毛布にくるまっていると、自分たちにはこの小屋の二階が何処よりも安らかな眠りの場所である。着いた翌日は先ず階下の部屋の一隅に蓆を敷いて隙間風を防ぎ、その上に携帯用暗幕を張って急造の暗室を作る。その中に器械を入れて来た木箱を適当に配置して現像装置だの、乾板の出し入れの用意などをととのえる。それから食卓を一つ借り切って、これはそのまま実験台とする。雪の結晶の撮影は小屋の入口の白樺造りのヴェランダで行うことにして、此処にも木箱を持ち出して実験台を作る。顕微鏡写真の撮影にはかなり丈夫なちゃんとした実験台が要るのであるが、それには前にも書いたように雪のコンクリートという極めて重宝なものがある。木箱の周囲を雪で固めて、ばけつに一杯の水を流しかけると、五分も経たぬ中にすっかり凍りついてしまって、立派なコンクリートの実験台が出来る。顕微鏡写真装置も同様にしてこの実験台の上にくっつけてしまうのである。
 十勝岳のこの附近は、雪の結晶の研究には先ず申分のない所であろう。あるいは世界でも珍らしい所ではないかという気もする。第一結晶が極めて美しく、繊細を極めたその枝の端々までが手の切れそうな鮮明な輪廓を持っていることである。自分たちが白銀荘で見たような美しい結晶は世界中のどの観測者…

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