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「茶碗の湯」のことなど
「ちゃわんのゆ」のことなど
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「中谷宇吉郎随筆集」 岩波文庫、岩波書店
1988(昭和63)年9月16日
初出「婦人之友」1942(昭和17)年6月1日
入力者門田裕志
校正者川山隆
公開 / 更新2013-03-20 / 2014-09-16
長さの目安約 11 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 もう三年ばかり前のことであるが、小宮先生の紹介で鈴木三重吉氏の未亡人の方から、『赤い鳥』に昔出ていた通俗科学の話を纏めて、一冊の本にしたいから、その校訂をしてくれというお話があった。
 三重吉氏の『赤い鳥』が、児童文学とも称すべき新しい境地を拓いて、児童の情操教育に偉大な足跡をのこしたことは、今更のべ立てるまでもない。しかし三重吉氏は、『赤い鳥』で単に文芸方面の仕事だけをのこしたのではなくて、あの中には、毎月一篇ずつ児童向きの科学教育の文章がのっていたのである。それは天文、物理、地球物理、化学、工学、動物学、植物学、医学などの広い範囲にわたっていて、当時の新進の若い科学の研究者たちに依頼して書いてもらったものであった。それに三重吉氏が筆を入れて、文章の体裁をととのえたものであった。
 三重吉氏の仕事には敬意をもっていたので、とにかくその原稿を見せてもらった。ところが、その大部分のものは、さすがに若い研究者の人たちが書いたものだけに、ちゃんとしたものばかりで、これならば立派な本になりそうな気がした。それに文章も三重吉氏の筆がはいっているだけに、全体がととのって、すっきりした調子が出ていた。それで私は喜んで、その仕事を引き受けることにした。
 この執筆者たちは、今は立派な一流の学者になっておられて、名前を言えば、誰でも知っている人が多い。しかし『赤い鳥』ではそれが殆んど全部変名になっていて、随分意外な方が、意外な題目で書いておられるのもちょっと面白かった。
 ところで、この話をもって来られた時に「この中に、たしか寺田先生が変名で書かれたものがあるはずだ」という話があった。私は大変興味をもって、それを心探しの気持で、ずっと読んで行った。その一篇は勿論すぐ分った。それは、八条年也という名前で出ていて、題は「茶碗の湯」というのであった。
 恐しいもので、この「茶碗の湯」を数行よみかけたら、これは寺田先生以外には誰も書けないものだとすぐ直観された。それは、文章の良い悪いなどの問題では勿論なく、また内容が高級で表現が平易であるなどということを超越したものであった。強いて言えば、それは芸が身についた人の芸談にあるような生きた話であった。
「茶碗の湯」は全部で、印刷にして六頁くらいの短いものである、しかしその中には、先生が一杯の熱い湯のはいった茶碗を手にして、物理学の全体を説き明かして行かれる姿が出ていた。
「第一に湯の面からは白い湯気が立っています」。この茶碗を日当りの良い縁側へ持ち出して、湯気に日光をあてながら、黒い布をその向うに置いて、すかして見る。すると「湯気の中に、虹のような、赤や青の色がついています。これは白い薄雲が月にかかったときに見えるのと似たようなものです」。
 先生は、この色については「またいつか別のときにしましょう」と言っておられるが、この現象は小水滴…

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