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線香花火
せんこうはなび
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「日本の名随筆73 火」 作品社
1988(昭和63)年11月25日
入力者門田裕志
校正者川山隆
公開 / 更新2013-01-15 / 2014-09-16
長さの目安約 9 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 もう十年以上も前のことであるが、まだ私が大学の学生として寺田先生の指導の下に物理の卒業実験をしていた頃の話である。その頃先生はよく新しく卒業して地方の高等学校などへ奉職して行く人に、金や設備が無くても出来る実験というものがあるという話をして、そういう「仕事」を是非試みてみるようにと勧められていた。それ等の実例として挙げられた色々の題目の中には何時も決まって線香花火の問題が一つ含まれていたのであった。
 線香花火の火花が間歇的にあの沸騰している小さい火の球から射出される機構、それからその火花が初めのうちはいわゆる「松葉」であって、細かく枝分れした爆発的分裂を数段もするのであるが、次第に勢が減ると共に「散り菊」になって行く現象がよほど先生の興味を惹いていたようであった。そればかりで無く先生の持論、即ち日本人は自分の眼で物を見なくていかぬという気持が、このような日本古来のものに強い愛着の心を向けさせたこともあったように思われる。先生がこの種の金のかからぬ、しかし新しく手を付けるべき問題についてその実験の道を指示される時には、実に明確にその階程を説き尽されるのであって、明日からでもそのとおりに手を付けさえすれば、必ず一応のところまでは誰にでも出来るように「教育」されるのであった。ところで毎年四月、先生の家の応接間の一夕、この教育を受けては、「なる程線香花火は面白いようですから早速やってみましょう」と云って出掛けて行った数人の人々からその後何の知らせもないのが例であった。こんなことが毎年毎年繰り返されているうちに、とうとうこれは自分のところでやらねばならぬと先生が癇癪を起されたのであった。このことは随筆の中にも書かれているはずである。
 丁度夏休みの頃で、Y君と二人真裸体の上に白衣を着て、水素の爆発の写真を撮っていた。午後の暑い真中に、いつものようにその実験室へはいって来られて、しばらく話の末、「どうです。この暑さじゃそう勉強しちゃとても耐りませんよ、一つ銷夏法だと思って線香花火をやりませんか」ということになった。少々前からの実験に手を焼いていた矢先でもあり、早速線香花火の方へ取りかかることになった。まずすべきことは線香花火を買って来ることであるが、それは五銭くらい買えばまず夏休み中の仕事には充分であった。それに写真器と顕微鏡とが揃えば当座はそれで実験が始められるのである。
 まず線香花火を一本取り出して火を点けてその燃え方を観察してみる。初め硝石と硫黄との燃焼する特有の香がして、盛んに小さい炎を出しながら燃え上がり、しばらくして火薬の部分が赤熱された鎔融状態の小さい火球となる。その火球はジリジリ小さい音を立てて盛んに沸騰しながら、間歇的に松葉を放射し始める。そして華麗で幻惑的な火花の顕示の短い期間を経ると、松葉はだんだん短くなり、その代りに数が増して来て、やがて散…

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