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ロビンソン・クルソオ
ロビンソン・クルソオ
副題(序に代ふる会話)
じょにかうるかいわ
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「鴎外全集第八卷」 岩波書店
1972(昭和47)年6月22日
初出「漂流物語ロビンソン・クルーソー」富田文陽堂、1911(明治44)年5月10日
入力者阿部哲也
校正者米田
公開 / 更新2012-02-04 / 2014-09-16
長さの目安約 10 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 人物
主人

譯者
 場所
主人の書齋。主人と客と對坐せるところへ、譯者登場。

主人。暫くでしたね。何か御用ですか。
譯者。あのロビンソンですね。あれがこれまで翻譯にはなつてゐましたが皆文語體ですから、今度口語體に譯したのです。そこで序文を一つ書いてお貰ひ申したいのですが。
主人。さうですか。どうも忙しくて、序文なんぞは書いてゐられませんがなあ。
譯者。併しわたくし共のした事は、あなたのお考へでも無益な事だとはお思ひなさらないでせう。
主人。さう。至極結構な事だと思ひます。
客。御中言だが、僕なんぞはあんな本は、そんなに幾種類も翻譯本を出して流布させたくはないね。
譯者。なぜですか。
客。僕は子供の時に讀ませられたことがあるが、怪しからん本だ。ロビンソン・クルソオと云ふ男は、航海がしたいと云ふので、兩親が泣いて留めるのを聽かずに、家を飛び出す。不孝ではないか。夫から無人島に漂泊する。單身で、人の助を借らずに、物を食つたり、着物を着たり、家に住まつたりする樣になる。フライデエと云ふ黒ん坊を掴まへて、共同生活のやうな事を始める。そのうち舟に助けられて國へ歸る。その間、人の助を借らずに、自活したのを得意としてゐるらしい。そんな事がなんになるのか。人間は親があつての子である。先祖があつての子孫である。國家があつての臣民である。家族や國家を離れて生活したつて、そんな生活はなんの價値もない。その價値のない生活をしてゐる間、本國たる英國政府に對する、あらゆる義務を果さずにゐる。不忠ではないか。
譯者。なる程。あなたのお考へは大抵分かりました。詰まり忠孝を標準としてのお説ですね。多分あなたは漢學者でお出でなさるでせう。それはロビンソンが父の言ふことを聽いて、法律學を勉強して、商業の手傅をして育つて行つて、めでたく父の跡續ぎになり、自治團體の名譽職にでもなつたら、それも結構でせう。併し權は經に反して道に合ふとか申すではございませんか。生れ附き航海が好きで、親の家で、平凡な生活がしたくないので、飛び出したのですね。そして非常な艱難に遭遇する。それに屈せずに、人の力を借らないで、生活の基礎を据ゑる。獸と鬪ひ、人と鬪つて、秩序ある社會の萌芽とも見るべき状態が出來るまで漕ぎ附ける。此間の行状を見ると、ロビンソンと云ふ男は、あれで法律を學べば、立派な法律家になり、商業をすれば立派な商業家になる人物だと云ふことを證據立ててゐるのではありますまいか。そこでわたくし共の考へでは、ロビンソンのやうに權變に處して行くことの出來るのは、矢張經に反して道に合つてゐるやうに思ふのです。
客。ふん。あなたの御辯解は少しも辯解になつてゐないね。あなたは吾輩が忠孝と云つたと云ふので、吾輩を漢學者扱ひにして、經だの權だのと云はれるが、それは大間違である、吾輩は漢學は大嫌ひだ。受禪だの放伐だのと云ふ怪しか…

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