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史論の流行
しろんのりゅうこう
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「津田左右吉歴史論集」 岩波書店
2006(平成18)年8月17日
初出「青年文学 一三」1892(明治25)年11月
入力者門田裕志
校正者Juki
公開 / 更新2013-11-16 / 2014-09-16
長さの目安約 9 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 奇なるかな世潮の変遷、試に最近数年間の文学界を回顧せば年ごとに流行の一新するあるを見る。二十二年は小説流行のときにして二十三年は和文、漢文の流行は二十四年に始まりてしかして二十五年は史論の盛行を見るにあらずや。もとよりその間に密確なる区劃をなさんは無稽の業に属すといへども大体の状態は概ね此の如きか。これそもそも人心の奇を好むによるか将たその間必然の理勢ありて存するか流行の勢は滔々として氾濫の力を逞くし下土を水にし陵谷を汨にし天下を挙げて深淵に溺没せざるものは幾稀矣。而も静に前後の事情を通覧すれば流行の推移にも自ら必然の理路は歴々として見るを得るなり。それ称して流行といふ。流行の衣服、流行の結髪、流行の装飾、流行の俗唄、算へ来て而して之に対するに流行の学問といふ。寧ろその当を失するの言なるなからんや。学の類たるや各その分ありといへども而もみなその目的とする所は千古に渉りて朽ちざるにありてその攻究には仔細の考察と静慮とを要するなり。学術に関するに流行の文字を以てす。流行の学術は恐くはこれ真の学術に非るなからんか。而も見よ書籍の出版、学校の設立、雑誌の発刊、学生の趨向その変遷する所を推してしかして称するに流行を以てす必しも不可なるに非ず。しかも世間実に流行の跡を追ふて独り及ばざらんことを恐るるの浮薄の書生尠しとせざるなり。此の如きの輩もと学術の何たるを知らざるもの須くその面に唾すべしといへどもまた勢の已むべからざるなきに非ず。けだしその流行の波濤に漂はさるるに際しては読者の趣味概ね泛として定まるところなく批判の能力に乏しくして半銭の価値なきものも※々[#「口+昔」、U+5536、29-5]して世人の賞粲に上る。すなはち僥倖を求めて名利を賭するもの雲の如くに起るまた自然の勢なり。而も競争の道はこれ自ら淘汰の法、老者退けられ、羸者倒れ残るものは是れ深く薀蓄するあるの士。しかも此の如きの士もと流行の如何に関せざるなり。
 しかして世人も漸くその事の真相を知るに至れば復一時の狂呼に任すべからざるを解するなり。ただそれ好奇心の飽くことを知らざるや何れの辺にか新奇を求めんとししかして鋭才の輩立てこの機に投ずるあり。茲においてか摸倣に巧なるもののその跡を追ふもの起りあるいは平生の究むる所偶々好運に会するなり。相和し相唱へて他の新流行は生ずるなり。流行の状概ね然り。潮引き波去るの後に[#挿絵]んで之を覧る塵埃瓦礫紛として八方に散乱するのみ。また些の益する所なきが如しといへどもこれによりてその学が世上の注意を惹くに至るあるは疑ふべからざるなり。もしそれ真に学に志さんとするものはもとより遠く塵寰を脱して世潮の浮沈を度外に置くを要するや言を俟たざるなり。
 史論は近日の流行物となりぬ。喜ぶべきか喜ぶべからざるか。史籍の梓に上るものその種甚尠しとせず。人物論の新聞雑誌に顕はるる殆ど虚日…

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