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改善は頭から
かいぜんはあたまから
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「現代日本思想大系 26 科学の思想Ⅱ」 筑摩書房
1964(昭和39)年4月15日
初出「活人」1926(大正15)年
入力者川山隆
校正者雪森
公開 / 更新2015-11-26 / 2015-09-01
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



 昨年は二十歳の娘で自殺をしたのが幾人もあった。その理由は、丙午の年であるために、縁が遠いのを苦にしてである。まだ年の行かぬ中はさほど気にも止めずにいたのが、そろそろ嫁入りをする年頃になって、こちらで良いと思う縁談を先方から素気なく断られてみると、これではとても善い所へは片付けぬと一途に思い込み、猫入らずを飲むに至ったのであろうが、世の中にこのくらい、不憫なことがまたとあろうか。
 丙午に生れようが、丁未に生れようが、人間として、少しも変りのなかるべきことは、常識で考えて見てもすこぶる明瞭であるにかかわらず、丙午の女は男を喰うなどという根もない迷信に捕えられている愚人が世間に多いために、かように可愛そうなことが生じたのであるから、これは迷信者が直接に殺したも同様である。夏の日に重い車を挽かされ、牛や馬が苦しみあえぐのを見かねて、そのためにわざわざ所々に水飲み場を設けてやるほどの善人もある文明の時代に、かような惨酷な殺人罪を黙って見ているとは、なんという辻褄の合わぬことであろう。
 先達ても、ある集会の席で人の談話を聞いていると、丙午の迷信を打玻せねばならぬということには、満場一致で賛成のようであったが、さて自分の息子に嫁を貰うときには如何と問われると、丙午はやはり避けたいという人がすこぶる多数であった。迷信をいつまでも跋扈させて置くのはかような人たちである。迷信の害を充分に知りながら、しかも迷信から逃れ得ない人間が多数を占めていては、いつまでたっても迷信の絶える望みはない。丙午のごとき、人を殺すほどの迷信に対してさえ、かような優柔不断な態度を取る人々は、他のやや軽い迷信に対しては、もちろんすこぶる寛大で、人が気にするなら、せぬ方がよかろうとか、人が勧めるなら、やって見るもよかろうというて、許して置くゆえ、馬鹿げた迷信がいつまでも盛んに行なわれる。便所は鬼門を避け、腹帯は戌の日に結ぶというごときことは、これだけを考えれば、別に他人に迷惑をかけるわけでもないから、めいめいの勝手のようではあるがかようなことを是認すれば、やがて、丙午の娘を殺すという結果を生ずる。
 些細な迷信でも、一つを黙認すれば、他をも黙認せねばならず、次から次へと、負けて行けば、終には、いかなるはなはだしい迷信でも許さねばならぬことになる。されば、恐しいのは、迷信そのものよりも、むしろ迷信を許す頭である。



 今日のわが国の状態を見ると、衣食住にも、その他の風俗習慣にも、改めたらばよろしかろうと思われる点がいくらでもある。昔は他国との競争がなかったゆえ、どんな風俗でも随意であったが、現代のごとくに、交通が盛んになって世界中の国々が皆、密接に関係し、しかも、他国が速かに進歩する世の中にあっては、いかに先祖代々からの習慣であっても、馬鹿げたことや、不便なことはこれを廃して、合理的なもの…

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