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影絵師
かげえし
作品ID53985
著者桜間 中庸
文字遣い旧字旧仮名
底本 「日光浴室 櫻間中庸遺稿集」 ボン書店
1936(昭和11)年7月28日
入力者Y.S.
校正者富田倫生
公開 / 更新2011-12-22 / 2014-09-16
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 俊坊はをぢさんの手にぶら下りながら、夜の街通りをゆきました。
 海岸へつゞいてゐる通りはアスフアルトの上に打ち水がしてあつて海から吹いてくる風がそのまゝ街の灯にぬれながら凉しく通つてゆきました。
 散歩の人たちで街は賑はつて居りました。
 常設館からは樂隊の音が流れ出て居りました。お菓子を釣る起重機が二つ、お菓子屋さんの店さきに並んでゐて、白い帽子をかむつた子供がハンドルを廻してゐました。
電灯の下に海水着だの海水帽だのがぶら下つてゐました、浮輪が、赤く、青く、黄色く、それぞれの色で、生きてゐるやうに光つてゐました。
 通りをずつと行くと停車場の廣場に出ました。廣場の隅に何だか人だかりがしてゐました。
「何だらうね」
 をぢさんはさう言つて俊坊の手をぶら下げたまゝ、人だかりの方へ歩いてゆきました。
「ほう」
 さういつて、をぢさんは俊坊を抱きあげてくれました。俊坊の眼がをぢさんの眼鏡の高さになると、くるりと後を向かせてくれました。
 人だかりの中に、小さなテーブルがありました。その向ふに髮の毛の長いをぢさんが、隨分大きな黒いパイプを、口にくわへて立つてゐました。
「いかゞでございますか。皆樣のプロフイルを、この海岸にいらつしやつた記念に切らせて下さい」
 さういつて、パイプのをぢさんは、テーブルの上の鋏を手に持つてシヤキシヤキと音をさせました。
「これは面白い。一つやつてくれんか」
 人だかりの中から聲がして、浴衣をきた、太つちよのをぢさんがテーブルの前に出ました。
「はい、ありがたう存じます」
 さういふと、髮の長いをぢさんは右手に鋏を持ち、左手に黒いラシヤ紙を持つて、じツと太つちよのをぢさんの横顏をみてゐましたが、急に、黒いラシヤ紙に鋏を入れました。
 ラシヤ紙はをぢさんの手の中で、くるくる廻つてゐましたが
「はいお待どほ樣」
 さういつて、一寸、頭を下げて、切り取つた黒いラシヤ紙を、太つちよのをぢさんの前に出しました。それは太つちよのをぢさんの横顏を切りぬいたものでした。
「やあ、よく似てるぞ。だが、俺はこんなに黒くないぞ」
 といつて大きな口をあけて髮の長いをぢさんを見ながらハハハハと笑ひました。
 人だかりのみんなも大きな聲で笑ひました。太つちよのをぢさんは、ポチリとテーブルの上にお錢を置いて、どこかへ行きました。
「面白いね」
 をぢさんはさういつて俊坊を下しました。俊坊はもう一度見たいと思ひましたが、をぢさんは、とつとつと歩いてさつきの通りを歸つて行くので俊坊も默つてくつゝいて行きました。
 寢床に入つてからも俊坊は眼をつむつてゐると、髮の毛の長いをぢさんの顏が見えました。シヤキシヤキと黒いラシヤ紙を切る鋏の音が聞えて來ました。

 その次の日の夜、俊坊は、ひとりで、停車場の廣場へゆきました。
 灯の下では髮の長いをぢさんが、パイプを口にして…

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