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無念女工
むねんじょこう
作品ID54075
著者榎南 謙一
文字遣い新字新仮名
底本 「日本プロレタリア文学集・39 プロレタリア詩集(二)」 新日本出版社
1987(昭和62)年6月30日
初出「プロレタリア詩」1931(昭和6)年9月号
入力者坂本真一
校正者雪森
公開 / 更新2016-01-24 / 2015-12-24
長さの目安約 2 ページ(500字/頁で計算)

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本文より


お早うさん
昨夜の夢は?
故郷の庭には柘榴の花が散ってるだろう
けさもまた
やめて帰ろと思うたが
帯はあせたし
汽車賃なしではどうにもならぬ
爪をもがれた蟹のように
冷たい石畳みをヨチヨチと私たちは工場へはいる
今日もいちんち
トタン塀の中で無自由だ!

渇いて 渇いて やりきれぬ
トタン塀の外は
たんぽぽが咲いて乳をながしたような上天気
町の活動小屋がラッパを吹いて廻るし
糸をつなぐ手がこんなにそわそわする
無理もない
娘十七八 いろんなことを考えるンだろ
それに掃き溜めのない青春だもの
年中、蟹の横歩きそのままの立ち通しで
足はむくんで むくんで
夜は死んだようになってねむる
彼女の四年間の会社勤めは
何ンちゅうことだ――肋膜瘤!

棉ごみの中で
青春は八方ふさがり
ニキビの吹き出た頬っぺたをつめたい窓硝子に寄せる
ネクタイの連中は
朝ッぱらから花見に出かけたし
たんぽぽの咲く花は命がけ癪だ
天井を突き抜ける轟音と
その三層倍も湧きあがった棉ごみの中――
見たか
のみでもぶち込まねば
赤い血の出そうにもない襟首を――
のしかかる労働強化!
胸が痛くて血を吐いたが
それでも帰れん、帰れん!
豊年飢饉の村じゃ
田甫がなくて
百姓はウヨウヨと押し合うているのだ

百三十呎の煙突の下で
無数の飢えがガンガンのたうっている
ナメクジみたいな沢庵ばかり食わされて
しわくちゃの胃袋が
そろそろ不逞な考えを吹く
昼の休み――
便所に行ったらビラがあった
ダラ幹を蹴っとばせ!
さしあげる手は団扇のように大きい
指環の代りにガリを切るタコが固い
お、メーデーはもうじきだ!

お早うさん
ゆうべの夢は?
石畳みをほおずき色の蟹が這うている
海は明るい雄弁だし
ホンに春だなあ
だが いつになったら
安心して活動でも見る春がやってくるのかしらん?
無念女工は歯ぎしりして大股にゆく
餓えた胃袋はギリギリと不逞の汽笛を吹きあげる
がまんのオジメをくだいて くだいて
うずうずと寄せ のしかかりせりあげる波は
脈になり 防ぎ難い動力になり
ギシギシとプロレタリアの戦列へ!
(『プロレタリア詩』一九三一年九月号に黒島謙名で発表 同年[#「同年」はママ]八月日本プロレタリア作家同盟出版部刊『一九三二年版日本プロレタリア詩集』を底本)



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