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ユモレスク
ユモレスク
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「久生十蘭短篇選」 岩波文庫、岩波書店
2009(平成21)年 5月15日
初出「オール讀物」文藝春秋、1948(昭和23)年3月号
入力者平川哲生
校正者門田裕志
公開 / 更新2012-03-06 / 2014-09-16
長さの目安約 21 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



 出かける時間になったが、やすが来ない。離室になっている奥の居間へ行ってみると、竹の葉影のゆらぐ半月窓のそばに、二月堂が出ているだけで、あるじはいなかった。
 壁際に坐って待っているうちに、六十一になるやすが、息子の伊作に逢いに一人でトコトコ巴里までやってきた十年前のことを思い出した。
 滋子は夫の克彦と白耳義にいたが、十二月もおしつまった二十九日の朝、アスアサ一〇ジパリニツクというやすの電報を受取ってびっくりした。
 やすは滋子の母方の叔母で、伊作をうむと間もなく夫に死に別れ、傭人だけでも四十人という中洲亭の大屋台を、十八という若さで背負って立ち、土地では人の使いかたなら中洲亭のおやすさんに習えとまでいわれた。
 長唄は六三郎、踊は水木。しみったれたことや薄手なことはなによりきらい、好物はかん茂のスジと初茸のつけ焼。白魚なら生きたままを生海苔で食べるという三代前からの生粋の深川ッ子で、その年まで旅といえば東は塩原、西は小田原の道了さまより遠くへ行ったことがなく、深川を離れたら一日も暮せないやすが、どんな思いをしながらマルセーユまでたどりついたろう、巴里までの一人旅はさぞ心細く情けなかったろうと、考えただけでも胸がつまるようだった。
 夏はドオヴィル、冬はニースと一年中めまぐるしく遊びまわっているふうだから、ひょっとしたらいま巴里にいないのかもしれず、いるにしてもあのなまけものがいそいそと出迎えなどしそうもない。駅の停車場の出口あたりで、途方にくれておろおろしているやすのようすが見えるようで、とても放っておけなくなった。
 克彦も心配して、行ってみるほうがいいというので、ブリュクセルまで自動車を飛ばして、午後の急行をつかまえ、夜遅く巴里へ着くと、案のじょう伊作はどこかで遊び呆けているのだとみえ、やすの電報は再配達の青鉛筆のマークをいくつもつけて手紙受の硝子箱の中におさまっていた。
 ホームの目につくところに立って待っていると、やすはうねのある鼠紺のお召にぽってりとした青砥色の子持の羽織、玉木屋の桐の駒下駄をはいて籠信玄をさげ、筑波山へ躑躅でも見に行くような格好でコンパルチマンから降りてきて、
「おや滋さん、これはどうもわざわざ。若旦那は」
「伊作はよんどころない用事があって、それであたしがご名代よ」
「それはそれはどうも」
 駅の玄関を出ようとするとやすは急に渋って、
「こんなところで降されてしまったけど、ここが巴里なの」
 と、けげんな顔でたずねた。
「そうよ、ここが巴里よ」
 滋子がうなずいてみせると、やすは、
「へえ、これが巴里」
 あきれたような顔で煤ぼけた駅前の広場を見まわしていると、襤褸買いがオ・タビ・ラ・シフォニと触れながら横通りから出てきた。やすは、
「うむ、巴里もいいところがあるね。宝船を売りにきた。そら、おたから、おたからといってい…

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