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特殊部落の言語
とくしゅぶらくのげんご
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「被差別部落とは何か」 河出書房新社
2008(平成20)年2月29日
初出「民族と歴史 第二巻第一号 特殊部落研究」1919(大正8)年7月
入力者川山隆
校正者門田裕志
公開 / 更新2013-03-04 / 2014-09-16
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 特殊部落の人達の口にする言語は、その付近の普通部落の言語と幾らか違ったところがある。そしてやや遠く離れた所であっても、他の同じ仲間の言語とは似ている場合が多い。例えばサ行の音もしばしばタ行に誤ったり、ダ行の音をしばしばラ行に誤ったりすることは、よく耳に立つところである。浪人をドウニンと云ったり、雑誌をダッシと云ったりなどする。六条村年寄の留書を見ると、辻子の事をよく「るし」と仮名書きしてある。斬罪役とあったのを後には断罪役と書き誤っているのさえある。先年朝日座の喜劇で女郎に溺れた番頭が艶書を朗読しつつ、「一度来てくらされ」の句に至って、「丸で穢多の様だ」と、満場の哄笑を買ったのはよいが、為に部落民の看客中から、抗議を持ちこまれたという話もある。そこで部落付近の人々は、よくその言葉によって部落民か否かを識別し、本来こんなに言葉が違うというのは何か種類が違う為であろうなどと、極めて手軽に判断してしまう事がある。よしやそうまででなくても、特殊部落の言語の違う事は何人も注意しやすいところで、「公道」や「明治の光」など、多くその部落の事を書いた雑誌を見ると、しばしば部落民の方言・訛音というものを拾い出して、普通部落の言語と比較したのが掲載されているのである。
 なるほど特殊部落の言語が、付近の普通部落の言語と違うことのあるのは事実である。そしてそれをなるべく普通部落のと同じものに改めて行きたいという希望を自分は持っている。しかし特殊部落民の口にするところが、果してことごとく所謂方言訛音なるもののみであろうか。普通部落民の使っている言葉の方が、果してことごとく正しいものであろうか。それは一つ一つについて研究してみねば、軽々しく判断する訳には参らぬ。ただそれが間違いであろうが、無かろうが、多数について行くのが便宜だという点から、普通語に変えて行きたいと思うのである。
 さきに「日本民族と言語」(一巻一号)を説いた時にも述べた通り、言語は決して一定不変のものではない。もし自然のままにまかして、何ら匡正をこれに加えなかったならば、舌のよく廻らぬ子供の方言葉がそのままに大人の言葉になるべき訳である。それを側に付いている大人が匡正したり、また子供の成長とともに自然に他人の言葉を聞き習ったりして、いつとはなしに方言の多い子供言葉は消滅して、その地方の普通語になってしまうのである。子供は舌の働きが自由でないから、とかく言いにくい音を言いやすい音にかえたがる。「美しい」を「うつくちい」、「お父様」を「おとうちゃま」などと云う。子を可愛がる親や子守は、ことさらにその口真似をして、その子供をあやしている。もしこれをそのままに放任しておいたならば、遂にはサ行音もいつしかチャ行音になってしまうべき筈であるが、それが成らぬのは子供の成長とともに自然に匡正される結果にほかならぬ。しかしながらその…

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