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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
副題257 凧糸の謎
257 たこいとのなぞ
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「錢形平次捕物全集第一卷 恋をせぬ女」 同光社磯部書房
1953(昭和28)年3月25日
初出「オール讀物」文藝春秋社、1951(昭和26)年10月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者門田裕志
公開 / 更新2015-05-20 / 2015-04-11
長さの目安約 31 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



 三田四國町の大地主、老木屋勝藏の養父で今年六十八になる八郎兵衞は、その朝隱居所の二階で、紅に染んだ死骸になつて發見されました。
 老木屋といふのは、裏庭に一と抱に餘る松の老木があるので知られた家で、先代の主人八郎兵衞は病弱のため五年前に隱居し、家督を夫婦養子の勝藏お元に讓つて、老妻のお妻と二人、母屋からは廊下續きになつて居る小さい二階家の離屋に住んで、雜俳に凝つたり、笊碁を打つたり、時間を潰すのにばかり苦勞すると言つた、まことに結構な身の上だつたのです。
 その結構人の八郎兵衞が、老妻のお妻が麻布の親類へ行つて泊つた晩、離屋の二階六疊で、喉笛を掻き切られ、冷たくなつて死んでゐるのを、朝の掃除に行つた、下女のお今に發見され、老木屋始まつて以來の騷ぎになつてしまひました。
 早速醫者も呼ばれ、麻布の親類へ人を走らせて、お妻も呼戻しましたが、最早匙も藥も及ばず、六十五歳のお妻が、生涯を共にした夫を失つて、絶え入るばかりの悲歎の中に、土地の御用聞、赤羽橋の友吉、子分と共に乘込んで、一と通りのことは調べて見ましたが、さて腑に落ちないことばかりで、古い型の調べと、力押しの外には術のない友吉は、最初から兜を脱いで[#「兜を脱いで」は底本では「兜を脱いて」]しまひました。
 その友吉の折入つての頼みで、錢形平次と八五郎が三田四國町へ乘込んで來たのは、その日の晝過ぎ、一應の檢死は濟んだものゝ、下手人の見當もつかなくて、お葬ひの手順もつかないといふ、ゴタゴタの中です。
「錢形の親分、遠いところを呼立てゝ、濟まなかつたね」
 迎へてくれた赤羽橋の友吉は、四十がらみの働き盛りで、此邊では顏の良い御用聞ですが、厄介な事件などになると自分一人では裁きがつかず、ツイ年の若い平次に助け舟を求めることになるのです。
「いや、飛んだ修業になるよ、暇で/\仕樣がなかつたんだ」
 平次は相手の素直な氣持を斯う受けるのでした。
「全く不思議な殺しで、俺にも見當が付かないんだ、先ア見てくれ」
 赤羽橋の友吉は、先に立つて案内します。此界隈の大地主としては、住居も調度も質素な方ですが、これが反つて老木屋の手堅さと、含蓄の容易ならぬものを忍ばせるやうでもあり、何んとなく底光りのする暮し向きです。
「御苦勞樣で」
 廊下で挨拶したのは五十前後の老實さうな男。
「番頭の勘七さんだよ」
 友吉は通り過ぎてから教へてくれました。庭に突つ立つて、物好きさうに見て居るのは、十五六の少年で、小僧の幸太郎といふ親類の厄介者と後でわかり、お勝手の障子の蔭から覗いて居る年増は、隱居の死を發見したといふ、下女のお今に紛れもありません。
 母屋から廊下で續いた二階造りの離屋、それを抱くやうに、西側に繁つて居るのは、屋號の老木屋といふのを生んだ、巨大な老松で、恐らく江戸開府以前からのものでせう。數度の火災にも免れて、三田一…

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