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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
副題260 女臼
260 めうす
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「錢形平次捕物全集第二卷 白梅の精」 同光社磯部書房
1953(昭和28)年4月5日
初出「オール讀物」文藝春秋社、1951(昭和26)年12月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者門田裕志
公開 / 更新2015-10-12 / 2015-09-14
長さの目安約 29 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



「親分、先刻から路地の中を、往つたり來たり、お百度を踏んでゐる女がありますが、ありや何でせう」
 八五郎は自分の肩越しに、煙管の吸口で格子の外を指すのです。
「わけがあり相だな、お前に跟いて來た女馬ぢや無かつたのか、拂ふものは拂つて、早く歸した方が宜いぜ」
 毎度のことで、錢形平次は驚く色もありません。
「冗談でせう、あつしは叔母の家から眞つ直ぐに來たばかりで、女馬も雌猫もついて來る筈はありませんよ」
「はてな、それぢやワケがありさうだ、騷ぐと逃出すにきまつてゐるから、お前はそつとお勝手へ行つて、お靜にさう言つて、誘ひ入れて見るが宜い」
「成程、女は女同士だ」
「良い男の八五郎が、うつかり顎を出すと、大概の女は膽をつぶす」
 そんな事を言つて居るのを、狹い家のお勝手で聽いたお靜は、そつと裏口から拔け出して、襷を外して前掛を疊んで、小買物でもするやうな恰好で路地へ出ると、どう聲を掛けたものか、間もなく女二人、肩を並べて入つて來ました。
 お靜が手を取るやうにして、家の中へ入れた女といふのは、三十五六の大年増で、大家の奉公人らしく、身扮は木綿物の至つて質素なもの、手足もひどく荒れて居りますが、顏容は、清潔で上品で陽焦けこそして居れ、白粉つ氣の無い健康らしさが好感を持たせます。
「お前さんは、何處から來なすつたんだ、ひどく驚いてゐる樣子だね。遠慮することは無い、打ち明けて皆んな話して見るが宜い、私で役に立つことなら、隨分力になつて上げようではないか」
 平次は靜かに迎へて、心おきなく、煙草盆などを引寄せます。
 押し詰つた暮のある日、凝つと聽いて居ると、師走らしいあわたゞしさが、江戸の街々を活氣づけて、障子に這ひ上がる晝の陽ざしの中を、餌をあさる小鳥が飛び交ふのも、冬の閑居にふさはしい忙しさでした。
「親分さん、お願ひでございます、私にはどうして宜いかわかりません」
 女は疊の上に水仕事で赤くなつた、兩手の指を並べるのです。
「たゞそれ丈けぢやわからねえ、何をどうしてくれといふのだ」
「若旦那の徳太郎さんを助けてやつて下さい、三十間堀の猪之助親分が、縛つて行きました。若旦那が、人なんか殺す筈はありません」
 女は少し夢中になつて、分別を缺いて居るらしく、話はしどろもどろで、一向筋は通らないのです。
「何處の若旦那が、誰を殺したといふのだ」
「京橋お弓町の雜穀屋、四方屋徳右衞門樣の若旦那徳太郎さんが、御新造のお染さんを殺したといふ、飛んでもない疑ひを受けました、そんな馬鹿なことがあるわけは御座いません」
「よし/\、それは調べて見ればわかることだらう、ところでお前は?」
「四方屋の下女の米と申します」
「それが、京橋から此處まで飛んで來るのは、誰の指圖だ」
「誰の指圖でもございません、皆んなぼんやりしてしまつて、若旦那を助けようとする者もございません。三十間堀…

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