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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
副題265 美しき鎌いたち
265 うつくしきかまいたち
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「錢形平次捕物全集第二卷 白梅の精」 同光社磯部書房
1953(昭和28)年4月5日
初出「サンデー毎日」1951(昭和26)年9月新秋号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者門田裕志
公開 / 更新2016-01-22 / 2015-12-24
長さの目安約 25 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



「いやもう、驚いたの驚かねえの」
 八五郎がやつて來たのは、彼岸過ぎのある日の夕方、相變らず明神下の路地一パイに張り上げて、走りのニユースを響かせるのでした。
「何を騷ぐんだ、ドブ板の蔭から、でつかい蚯蚓でも這ひ出したといふのか」
 平次は晝寢の枕にしてゐた、三世相大雜書を押し退けると、無精煙草の煙管を取上げます。
「そんな間拔けな大變ぢやありませんよ、いきなり頭の上から、綺麗な新造が降つて來たらどうします、親分は?」
「へエ、不思議な天氣だね、三世相にも今年は新造や年増が降るとは書いてなかつたが」
「兩國の輕業小屋ですよ、綱渡り太夫、此間から江戸中の人氣を沸ぎらせてゐたつばめ太夫といふ、若くて綺麗なのが蜀紅錦の肩衣で、いきなり天井から落ちて來て、あつしに噛り付いたとしたらどんなものです」
「怪我は無かつたのか」
「腰のあたりを打つて目を廻しましたがね、幸ひ命に別條は無いさうですが、その時は全く驚きました」
「まるで粂の仙人の逆を行つたやうなものだ。下で口をあいて眺めてゐる、八五郎の男つ振りに氣を取られて、思はず綱を踏み外したといふか」
「冗談ぢやない、綱が切れてゐたんですよ、三間以上も高い綱の上から落ちて、死ななかつたのは不思議な位のもので――」
「綱が切れてゐた? 綱渡りの綱は滅多に切れるものぢやねえが」
 平次は此事件から、早くも何やら腑に落ちないものを見出したのです。
「樂屋の天井の、綱の結び目に、刄物が入つてゐたんだから、切れても不思議はありませんよ」
「誰がそんなことをしたんだ」
「そいつがわかれば、其場で縛つて來ましたがね、皆んな神妙な顏をしてゐるから、疑ひの持つて行きやうがありません。ことに座頭の天童太郎の女房お崎などは、大金の掛つた大事の太夫に、そんな惡戯をするのは放つちや置けない、此場で縛つてくれたら、三枚におろして、酢味噌で食はうと言つた勢ひでしたよ」
「そんな時は、一番荒つぽい事を言ふ奴が一番怪しいものだ、天童太郎の女房は何處に居たんだ」
「あつしもそれは氣がつきましたが、詮索する迄もなく、表看板の下で、囃子の三味線を彈いてゐたんだから、疑ひやうはありません」
「厄介なことがあり相だな、人一人の命に拘はることだから、放つても置けまい、行つて見ようか、八」
「そいつは有難え、親分が行つて下さればあの娘が喜びますよ」
 平次が氣輕に腰をあげてくれたので、八五郎は犬つころのやうに先に立つて驅け出しました。



 東西兩國その頃の賑はひは、今日の樣子からは想像も出來ません。見世物と輕業と、水茶屋と、そして大道商人と、隙間もなく押し並んだ中に、江戸の有閑人と、道草の小僧と、そして田舍から出て來た人達が、浮かれ心と好奇心の動くまゝに、人波を作つて、東から西へ、西から東へと流れるのでした。
 天童太郎の輕業は、その中では半永久的な小屋掛け…

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