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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
副題276 釣針の鯉
276 つりばりのこい
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「錢形平次捕物全集第三卷 五月人形」 同光社磯部書房
1953(昭和28)年4月20日
初出「オール讀物」文藝春秋社、1952(昭和27)年5月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者門田裕志
公開 / 更新2015-12-12 / 2015-09-01
長さの目安約 30 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



「お早やうございます」
 花は散つたが、まだ申分なく春らしい薄靄のかゝつた或朝、ガラツ八の八五郎は、これも存分に機嫌の良い顏を、明神下の平次の家へ持込んで來ました。
「大層寢起きが良いな、八。挨拶だつて尋常だし、月代だつて、當つたばかりぢやないか、何つかに結構な婿の口でもあつたのかえ」
 平次は煎餅になつた座布團を滑らしてやつて、ぬるい茶を注いでやつたりするのです。
「婿の口はありませんが、岡惚れの口がありますよ。新色と申し上げてえが、まだ當つて見たわけぢや無いから」
「ヌケヌケした野郎だ」
「これから脈を引いて見るんだから、挨拶だつてぞんざいぢや惡いし、月代位は當つて置かなきア――」
「元金が掛らねえことばかり考へてやがる、――ところで、その新惚れてえのは何處のお乳母さんだえ」
「へツ、イキの良い人間の新造ですよ、親分」
「當り前だ、おコンコンの化けた新造だつた日にや、第一俺が不承知だ」
「ま、はぐらかさないで、聽いて下さいよ、斯ういふわけで」
「大層改まつたね」
 でも、平次は神妙に、八五郎の話を聽く氣になりました。何んか深いわけがありさうな氣がしたのです。
「昨日向島で散々毛虫を眺めて」
「そんなものをわざ/\眺めに行つたのか」
「葉櫻見物ですよ、――櫻の葉つぱなんか見たつて面白かありませんが、歸りに一杯飮ませるからと、原庭の仙吉の野郎が言ふから、橋場の渡しを越えて向島を眞つ直ぐに、枕橋を渡ると、いきなりつれ込んだのは、中の郷の茶店ぢやありませんか。澁茶に團子ぢや少し話が違ふと思つたら、あつしを待つて居てくれたのが、その可愛らしくて利口さうでお品の良い、出來たての新造とわかつて、酒や肴なんかは、どうでもよくなりましたよ」
「出來たての新造つて奴があるかえ」
「あんなのは、本當に蛹から出たばかりの蝶々のやうなもので、人間附き合ひをさせて置くのは勿體ない位」
「それがどうした」
「驚きましたよ、その娘といふのは、本所八軒町で名題の大分限、石川屋權右衞門の一人娘お梅さんといふんだ相で」
「石川屋の一人娘ぢや、吊鐘がでつか過ぎて、お前は鼻から出た提灯位にしか見えないよ。惡いことを言はないから、はなつから諦らめてた方が宜いぜ」
「あつしが鼻提灯に見えますかね、驚いたね、どうも」
「ところで、お前に用事といふのは何んだえ?」
「口惜しいが、その目的もあつしぢや無いんで、錢形親分さんに逢はせてくれと、手を合せての頼みだから、いやになるでせう」
「いやになる事は無いよ」
「訊くと、十日前に、父親の石川屋權右衞門は死んだんだ相で、葬ひも濟んでしまつたし、何んにも言ふことは無いわけだが、その死にやうが、どうも腑に落ちないと――斯う言ふぢやありませんか」
「フーム、何が氣に入らないんだ」
「十八の娘の智惠ぢやありませんね、あれは。――父親の權右衞門が釣に行くと言つて出…

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