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銭形平次捕物控
ぜにがたへいじとりものひかえ
副題280 華魁崩れ
280 おいらんくずれ
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「錢形平次捕物全集第四卷 からくり屋敷」 同光社磯部書房
1953(昭和28)年5月10日
初出「オール讀物」文藝春秋社、1952(昭和27)年9月号
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者門田裕志
公開 / 更新2015-09-30 / 2015-08-16
長さの目安約 29 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



「羨ましい野郎があるもんですね、親分」
 夏の夜の縁先、危い縁臺を持ち出して、蚊を叩き乍ら、八五郎は斯んなことを言ふのです。
「お前でも人を羨ましがることがあるのか、淺ましくなりやがつたな」
 錢形平次は呑氣な心持ちで相手になつて居ります。八五郎が急に慾が出て、角の地面が欲しくなる氣遣ひは無いと、多寡をくゝつてゐる樣子です。
「相手は駒形の伊三郎の野郎ですがね」
「取り拔け無盡が當つたのか、それとも伊三郎はちよいと良い男だから、大屋の小町娘にでも思ひ付かれたとでもいふのか」
 平次は相變らず氣が無ささうです。秋近い蚊は、三春駒のやうに達者で、此邊は水にも藪にも縁があるせゐか、叩いても叩いてもやつて來るのです。
「そんな世間並の話なんか、羨ましくも何んともありませんよ、伊三郎の野郎のところへ、馴染の女郎が無事に年が明けて、轉げ込んで來た相で、巴屋の友鶴てんで、二十七だと振れ込んでますが、請合三つ位はサバを讀んでますね」
「そんなのが、羨ましいのか、お前は? 小皺が寄るまで苦海に勤めて、長い間に身受けの相手もなく、貧乏な岡つ引のところへ轉げ込む女郎は、一體どんな代物だと思ふ」
「さうは言つても、結納も祝言も拔きの、小風呂敷一つで飛込んで來る女房なんてものは、手輕で結構ぢやありませんか。小格子の小便臭い女でも、女郎には變りは無え、へツ」
「お前はそんな氣でゐるのか、折角良い娘を見付けて、世話をしてやらうと思つて居るのに、年明けの皺の寄つた女郎なんか羨ましがるやうぢや、附き合ひ度くねえよ」
「相濟みません、野郎も薹が立つて縁遠くなると、淺ましくもなりますよ。どう生れ變つても、中屋貫三郎が請出したやうな、入山形に二つの星の、金覆輪の華魁はこちとらの相手にはなりやしません。口惜しいけれど、八方に四つ手をおろして、ダボハゼのやうな年明きを待つ氣になるぢやありませんか」
「情けねえ野郎だ、同じ女房を持つなら、三井鴻池の娘でも狙つちやどうだ、望みは大きい方が宜いぜ」
「中屋貫三郎の請出した誰袖華魁なんかは豪勢ですぜ、千兩箱を杉なりに積んで請け出し、廓内から馬喰町四丁目まで、八文字を踏んで乘込んだ」
「嘘をつきやがれ」
「その引祝がまた大變で、廓内の藝人を總仕舞にして、町々の山車が出た」
「宜い可減にしろ、冗談ぢやない」
 八五郎の話は、出鱈目と誇張に充ち滿ちたものですが、調子の馬鹿々々しさに、聽いてゐる平次も腹は立てられません。
「見せたかつたな、親分。誰袖華魁が馬喰町の中屋に乘込んだ時は、その見物の人だかりで、淺草御門の近所へ夜店が出た」
「また嘘になる、話も程々にして置け」
「親分はまた、女の噂となると、氣が無さ過ぎますよ。たまには交際だと思つて、江戸一番の華魁の噂でも聽いて下さいよ。親分のやうに、そつぽを向いたまゝ煙草を吸つて居たんぢや、話す張合も無くなるぢやあり…

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